あとがき

あとがき

夢は必ず実現する

  • 文章を書き出したキッカケ

文章を書くこと。これほど嫌なことはないと、高校までは思っていました。作文の時間になると頭が真っ白で何も出てこない。その劣等感が強烈だったので、大学に入ってからは毎日、日記を書くと共に本の乱読をしました。しかし、就職してからは営業畑が長く、文章を書く機会もありませんでした。

初めて公の文章を書いたのは、最初の脱サラの時。無料職業相談・企業紹介業をやってましたが、当時、愛読していた「週刊キウイ」の読者アンケートに投稿したのがきっかけです。池田編集長から「あなたの意見は面白いから何か書いてみませんか?」とお誘いを頂き、自分や他人の「ドキュメント退職」シリーズを1年間連載しました。

その後、その雑誌を見ていた船井総研の関連出版社・ビジネス社の花田社長(現・上場会社ナック取締役)から「独立しても食えないだろう。俺の仕事を手伝え」と声を掛けていただき、船井総合研究所の発行する「月刊フナイ」の契約ライターになりました。

福岡にUターンしてからは広告代理店に営業職として勤務しましたが、その会社には社内にコピーライターがいませんでした。仕方なく自ら広告原稿を書く機会が増え、その合間も「月刊フナイ」等の取材執筆はアルバイトで続けていました。

2度目の脱サラとして広告代理店を始めたときも、コピーライターに頼む資金がないため、営業+取材+コピーライティングをしました。仕事以外にも、異業種交流会の「九州ベンチャー大学」の案内や会報を書く機会が増え、気がついたら「文章を書くこと」が私の仕事の大半を占めるようになりました。

 

  • 年末の目標設定セミナーでホラ吹き宣言!

 

「最初に本を書け」と応援してくれたのは、九州NO1の宅配すしチェーン「ふく鮨本舗の三太郎」/(株)ドゥイットナウの蔀(しとみ)社長です。’98年の年末から書き始めたのですが、’99年に入って仕事が多忙になり頓挫。再び’99年の年末からチャレンジしましたが、慣れない閉じこもり生活でウツ病?を併発。2000年の2月にはワープロを打つ手が止まってしまいました。その後は落ち込みが激しくなり、まえがきに書いたように神経科や心療内科に通院。7ヶ所の新興宗教に顔を出したり、様々な人生の本を乱読しました。

他に、自己啓発セミナーやテープ学習、お寺の内観研修にも参加しましたが、自らの天職=人生の目標が決まらなくては努力のしようもありません。そうこうするうちに仕事にも身が入らなくなり、生活資金も枯渇。精神を鍛え直そうと朝4時に起きて新聞配達をやったり、感謝の気持ちが足りないのだと「一日千回のありがとう」を唱えたりしましたが、何をやっても答えは見えませんでした。

何とか状況を打開しようと、2001年12月に行われたサクセスパワー福岡のSMI、中小企業家同友会、ランチェスター経営の経営計画セミナーに参加。各会でA4一枚の人生経営計画書を書き、苦し紛れに「私は2002年11月12日までに本を出版する」と書きました。2002年11月12日は私の44歳の誕生日で、尊敬する父が亡くなった年齢。30代で福岡シティ銀行の取締役となり、起業家を支援する銀行家の天命を全うした父に、何とか少しでも追いつきたいという夢でした。

また、人生面で尊敬する(株)やずや創業者の矢頭宣男さんが天職に目覚め、仕事面の師匠であるランチェスター経営(株)竹田先生が独立したのも44歳。だから俺も44歳になったら天職が見つかるんだと、自分で自分を信じ込ませようとしました。

同友会の経営計画セミナーが終了後、講師のランチェスター経営(株)竹田先生と(株)南王の永野さん、ローズルームの青野さんと2次会へ。酔った勢いもありましたが、その場で3人から「必ず来年は本を出すように」と念を押され、私も「わかりました!じゃあ、来年の5月には出版記念パーティをします!」と宣言。その場はお開きになりました。

 

  • 年賀状で本を出すと宣言し、出版社へアタック

 

’98年末、’99年末に続く3度目の本へのチャレンジ。2001年12月の中旬から原稿を書き始めましたが、目的のない航海に出たようで、再び閉じこもりがちのウツ気味に。

このままでは、また挫折してしまう。もう後に引けないような、何か仕掛けをしなければと考え、思い切って2002年元旦に次のような年賀状を出しました。

「祝!栢野克己が本を出版します!!構想10年、書き始めて3年目。出版は5月10日。5月20日にアクロス福岡で1000人の出版記念パーティ!・・という初夢を見ました」。

勿論、この時点では何も決まっていません。しかし、とにかく原稿を仕上げよう、そして、駄目もとで出版社に持ち込もうと、全ての仕事を中断。事務所に籠もりました。その間、ランチェスターの竹田先生や市民バンクの片岡さんから何度も助言と励ましを頂き、何とか3月上旬に原稿を書き上げました。

次は出版社探し。自費出版をする資金はもうありませんでしたから、正式な出版をしてくれる出版社を探すしかありません。私は毎日、インターネットで「出版の仕方」とか「本を書く」のキーワードで、どうしたら素人が本を出版できるかを情報収集をしました。

同時に、今回の本のテーマである「天職」。この言葉に引っかかる本もインターネットで調べてみました。天職の言葉を含む本が約20冊出てきましたが、その中に「私の天職」という本を発見。発行元は石風社で、なんと住所は地元福岡ではないですか。

ある人から「本の出版を売り込む場合は、以前に似たようなジャンルを手がけている出版社がいい。テーマが同じなら、編集者の理解も早いからだ」と聞いていました。私は「これはまさに天の巡り合わせかも知れない」と勝手に考え、石風社の住所を電話帳で調べ、飛び込み訪問で原稿を持ち込みました。そして1カ月後の2002年4月12日。担当の藤村さんから電話を頂き、出版が決まったのです。

ところがその後、この本に最初に取り上げた複数の起業家から「この原稿ではダメだ」「この記述がマズイ」「やっぱり掲載は不可だ」と訂正や書き直しが続出。校正が長期に渡るようになりました。

 

  • 先に出た「小さな会社☆儲けのルール」がベストセラーに。

 

その最中の2002年の6月、竹田先生の本をゴーストライターで書かないかという話(竹田先生の配慮で共著に)が舞い込み、10月半ばまで毎日15時間かけて「小さな会社☆儲けのルール」(フォレスト出版)を執筆。竹田ビジネスモデルとベンチャー大学のゲストの事例を合わせた起業・中小企業向けの経営戦略本ですが、これが発売1ヶ月でいきなり各種書店のベストセラーにランクイン(2003年11月現在で第10版6万部)。

その後、メールマガジン「バカ社長の成功事例100連発!」がスーパーおすすめメルマガ2003(主催:リクルート・オールアバウト社)に選ばれたり、趣味で書いていたネットの個人日記「人生はアドベンチャーだ」(主催:楽天)がアクセス件数でビジネス系日本一になって、毎日十数件の読者相談や年間100回ペースで講演・コンサル依頼が殺到。大幅に遅れましたが、今回やっとこの本をまとめることが出来ました。

実は1995年8月、2度目の独立時、ワープロ一枚の会社案内の最後に「夢は人生と経営の雑談相談サロンを創ること」と書いていました。自分自身、就職・転職で悩み、起業後も挫折と失敗の連続。天職もわからない。

しかし、こういう人間は俺だけでなく、周りにも一杯いる。何とか成功したい。天職を見つけたい。ならば他人はどうやったか聞きたいと、やってきたのが人生経営セミナー&交流会の「九州ベンチャー大学」であり、勉強したのが竹田先生のランチェスター「弱者必勝の戦略」でした。

ただ、ベンチャー大学は単に人の話を聞いてきただけ。竹田先生のようなコンサルタントになりたいと思っても、俺にはそんな資格も能力もない。やずやの矢頭宣男さんのような人生逆転物語も、所詮は他人事だ。俺には無理だと、何度も諦めていました。

だから講演やコンサル依頼を頂いたときも、「とても俺には無理だ。恥ずかしい」と思ったんですが、竹田先生が私を「最初は誰でも初心者。とにかく場数を増やすしかない」と叱咤激励。2年前はコンサルや講演の依頼があると1週間前から緊張して眠れなかったんですが、今は原稿ナシのアドリブでも平気になりました。経営相談も起業・小企業限定ですが、方向性のアドバイスや実例の話で多少はお役に立てることもあるようです。

 

  • 昔の自分を救いたい

 

今回、取り上げた社長さん方は、そのほとんどが私の主宰するビジネスセミナー交流会「九州ベンチャー大学」を通じて知り合いました。’92年の11月からほぼ毎月開催し、この12月で129回目と丸11年になります。その間の参加者は約1万人。毎回、多くの方々に助けられ、維持運営をすることができました。本当にありがとうございます。

1冊目の「小さな会社☆儲けのルール」が起業経営の入門書とするなら、この本は「人生経営の事例集」です。

「まえがき」にも書いたように、実はこの本を書こうと思った一番の目的は、私自身のためでした。何ども転職や脱サラに失敗し、自分の天職がわからない。ならば、他の人はどうなのかと各分野の成功者の話を聞いて、自分探しのヒントを掴もうと思ったのです。

本を書こうと思ってから4年。面白いことに、今では就職を考える学生、転職・脱サラに悩む社会人、起業後の壁に当たった零細自営業者の相談相手に乗ることが多くなりました。

それはまさに20年前の就職活動で悩んだ自分であり、15年前に転職で挫折した自分。さらには10年前に起業した自分、1年前にウツで落ち込んでいた自分そのものなんですね。結果として自分の天職は「天職や起業で悩む弱者」専門の講演家・コンサル(というか雑談相手)だと気づきました。それは「昔の自分を救いたい」からです。

突然原稿を持ち込んだにも関わらず、膨大な駄文に目を通していただいて最初のチャンスをいただいた石風社の藤村さんに感謝いたします。

そして、何よりも今、この本を手にとって読んで頂いている読者の方、よくぞ、洪水のように溢れる本の中から選んでいただき、本当に有り難うございます。貴方の会社と人生の、「本当の天職」を見つける手だてになれば幸いです。

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この本に書いた各人の敗者復活物語は現在進行中であり、人生を逆転したノウハウはとても全部書けません。本来なら、一人の人生で1冊になります。

読者の方でお悩みがある方は、遠慮なくメール、または電話を下さい。時間の許す限り、かつ、私のわかる範囲でアドバイスをさせていただければと思います。

また、私が日々の出逢いで気づいたことや逆転の人生戦略のヒントは、ホームページ「人生はアドベンチャーだ」(キーワード検索)に毎日書いています。全国での講演・交流相談会の予定も載せています。こちらも参考にして下さい。

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著者<栢野克己>カヤノカツミ:零細起業コンサルタント・講演家・作家

昭和33年11月生まれ。福岡市中央区大名出身。

  • 西新小学校・百道中学・城南高校・小倉西高校を経て、立命館大学経営学部卒。
  • ヤマハ発動機(オートバイの営業)・リクルートエイブリック(求人広告営業)・コンピューターシステムリース(リース営業)・ミッド(チラシ宅配)・職業相談業・フリーライター・アド通信社(広告営業・取材)を経て、平成7年に独立。(株)インタークロスを創業。●中小零細・ベンチャー企業を専門に、弱者必勝のランチェスター戦略・販促・集客のコンサルを実施。平成4年より、起業ビジネスセミナー&異業種交流会の「九州ベンチャー大学」を毎月11年127回以上主催。累計参加者は6000人、通信会員は1万人を越え、在野の異業種交流会では日本最大級に発展。他に朝7時~早朝勉強会「共創マーケティング研究会」や「缶ビール雑談会」も共催。経営者や起業を目指す人を対象に、各種経営相談・カウンセリングも行っている。大学・商工会議所等の講師・相談員も歴任。
  • 師匠であるランチェスター経営(株)竹田陽一氏との共著「小さな会社☆儲けのルール」(フォレスト出版)はネット書店の楽天・丸善・日経紙等でベストセラー全国1位を記録
  • テレビ「人生を逆転する!九州ベンチャー大学」(ケーブルテレビのJ-COM福岡で毎日夜9:52~)ではキャスターを務め、毎月起業家と対談して人気番組に。
  • ベンチャー起業月刊誌「フォーネット」や各種ネット誌で連載多数
  • 年間講演回数は約100回。「弱者必勝の経営戦略」「逆転の人生戦略」をテーマに、全国の商工会議所やJC・各種団体・民間企業・学校を走り回っている。
  • ネットの個人日記「人生はアドベンチャーだ」(検索)は年間約100万アクセス
  • 読者を対象に朝5時~無料で人生・経営に関する電話相談にのっている。

■連絡先:〒810-0073福岡市中央区舞鶴1-2-33-304(株)インタークロス

携帯090-3604-6735 最新情報は「かやのかつみ」で検索を

電話092-781-5252 FAX092-781-5354 eメール:kaya@hf.rim.or.jp

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