色で食えるか?

「高校時代の欧州旅行で天職発見」

 

  • 若手NO1の色彩コンサル&オーダーメイドの靴ショップ

(株)クロシス

代表取締役 中村美賀子

 

高校卒業→英会話学校→英国留学→様々な派遣社員→25歳で自宅創業→’96年法人設立

 

普段、我々が目にする様々な商品には、様々な色が付いている。何気なく見逃すことが多いが、実は色次第で売れ行きに数倍もの差が出ることがある。その戦略を考えるのが色彩コンサルタントだ。食料品のパッケージ、住宅の内外装、従業員の制服、飲食店など、分野は幅広い。個人向けでは、服の色やインテリアのアドバイスを行う。

しかし、その華やかなイメージとは逆に、色では食えないのが実情。多くの色彩コンサルタントは企業内サラリーマン・OLだ。その中で中村は20代で独立し、今や西日本を代表する色彩コンサルタントとなった。’98年からはオーダーメイドの靴屋「メリーグラシス」も展開。年商も今や1億円を突破した。

 

■欧州旅行で色に開眼。動物と植物に学ぶ。

 

中村が色に目覚めたのは高校時代。親に連れられてヨーロッパ旅行に行った時だ。スイス、フランス、イギリスを回ったが「見るもの全てが美しい。町並み、建物、人、商品・・。心を打たれました。でも何が違うんだろう?なぜ、なぜと」。

帰国後、図書館で調べたら、ヨーロッパには各都市ごとに色彩条例があることを知る。例えばパリのある町では建物に暗い色は禁止され、一定以上の明るさの色を使うことが決められていた。

「スゴイと思いました。そして、福岡もそういう町にしたい。色で町を変えられたら素晴らしい。色ってスゴイ。将来は色で食おうと思いました」。

その時18歳。そして、25歳迄に会社を作ろうと決める。高校を卒業後、まずは英会話学校に勤務。教室運営を任され、優秀な営業成績を上げる。

その後1年間、英国に留学。「見るもの全てを目に焼き付け、帰国後はビジネスのイロハを覚えよう」と、様々な派遣社員として働いた。

仕事の合間に連日、動物園と植物園と図書館に通う。図書館では「名前を聞けば、本の場所がわかる」ほど数千冊に目を通す。そして、色彩以外の様々な小説も読破。小説の中の「この悩ましい紫は・・」という色に関するフレーズは全て抜き書きして勉強した。

また、「動物や植物は神様が作った色。全てに意味があるんです。天の摂理。自然の理論。なぜ紅葉は赤いのか。なぜ人の舌はピンクなのか。なぜシマウマはと、なぜ、なぜを追求し、自分なりの理論を構築しました」。

 

■10万円で創業。飛び込みで営業する。

 

’95年、自宅の部屋で起業。資金は10万円で、設備は仕事用の電話回線と名刺のみ。しかも、節約のために電話は安い受信専用を引き、電話を掛けるときは外に出て、貯め込んだテレホンカードを使った。こうして商品=独学の色彩理論を頭にしたため、念願の「社長」となる。

顧客はゼロで人脈もない。広告宣伝の仕方も知らない。しかし、人に頼むのは嫌だ。何とか自力でやっていきたい。まずはPRだと、中村は飛び込み営業を始める。

「色で経営を変えませんか?」。

当時は色に問題意識を持つ経営者は少なく、全く相手にされない。名刺もその場で捨てられ、屈辱的な毎日を送った。しかし、場数を踏むうちに営業のコツを覚え、徐々に小さな仕事が入るようになる。

1年後に60万円を貯め、自宅を脱出してワンルームマンションを借りる。その頃にはたまにセミナー講師にも呼ばれるようになったが、まだまだ食えない。土日は宝石の展示会販売員をやったり、外食は控えて公園で弁当という生活だった。

転機は’97年。福岡市主催の女性起業セミナー参加がきっかけだ。起業コンサルタントからは「色で食えるはずがない。無理だ」と酷評されるが、20代の女性で色彩コンサルタントで起業というユニークさが受け、マスコミ取材が殺到。講師やコンサルティングの依頼も、一気に前年の倍になった。

 

■「九州で唯一の靴屋」も飛び込みで開業

 

’98年からは女性専用オーダーメイドの靴ショップ「メリーグラシス」も開業。現在は子供用の靴も取扱い、足に合わない靴に悩む人に喜ばれている。

この靴ショップの開業経緯も、中村自身の体験から。

「開業から数年間はお金もなく、経費節減のためにバスや地下鉄も控えて歩き回りました。 でも、講師業も増えたために、スニーカーというわけにはいかない。そのうち、合わない靴を履き続けて、外反母趾になったんです。

幾つもの靴屋さんに行ったんですが、既製品では自分の足に合うものがない。足が痛くなる原因や予防法も聞いたんですが、誰も知らない。いつしか、自分で靴屋をできないかと思ってました」。

店をやるならあの場所、と憧れていた通りがあった。福岡市の中心部にある浄水通だ。閑静な住宅街の中にお洒落なブティックや洋菓子店が並ぶ、福岡有数のスポット。しかし、店舗用の物件は極めて少なく、滅多に空きは出ない。

ある時、中村が通りかかると、3階建てのビルが工事中だった。

「もしかしたらと思い、工事看板の施主に電話しました。すると、店舗が建つという。1階は空いてないが、2階はまだ決まっていない。これは大チャンスだと思いました」。

通常、こういう物件に入居するには優良企業や有名チェーン店が優先される。しかし、その時の中村は社長とは言え、自分一人だけの小さな有限会社。しかも、わかりにくい色彩コンサルタントという仕事で、若い女性に信用はない。無論、オーナーとは面識もなく、紹介やコネもない。

中村は、自分の自己紹介やオーダーメイドの靴屋にかける夢を手紙に書き、オーナーに送った。ビックリしたオーナーは金が払えるのか心配したらしいが、中村の熱意に押されて出店を認めた。

これだけでも凄い行動力だが、実はこの時点で靴の仕入先は決まっていなかった。商品も何もない状態で、物件だけを先に押さえたのだ。

商品知識もなく、靴屋の経験もなければ、靴メーカーとの人脈や経験もない。しかし、靴に悩む消費者として、「こんな靴があったら、オーダーメイドの靴があれば、九州にこんな靴屋があれば」という熱意と願望は人一倍あった。

またも中村は関東や関西の靴メーカーをリストアップし、自分の想いを手紙に書いた。「自分は素人で金もないが、今までにない靴屋を開きたい。仕入れに協力して欲しい」と、返信用の80円切手を同封し、返事を待った。

熱意が伝わり、送った20社からは全て返事があった。そしてその中に1社、九州には進出していないオーダーメイド対応のメーカーがあった。

当初、メーカーは中村の申し出を断った。メーカとしては、わけの分からぬ女性に任せるよりは販売力のあるチェーン店か百貨店の方がいい。

しかし中村は、自分自身が靴で悩んでいる、量販店では既製品の靴に埋もれ、オーダーメイドの接客に専念できない、自分ほど商品に惚れ込んでいるのはいない、とにかく、九州では中村しかいないんだと強く訴えた。

その結果、メーカーも折れ「貴方の熱意はよくわかりました。九州は貴方に任せます」。

こうして、九州では初めてのオーダーメイド靴メーカーを取り扱うことになり、「メリーグラシス」が生まれた。

 

■「オンリーワン」のこだわり

 

色彩コンサルタント=カラーコーディネーターの場合、通常は学校へ通うか、先輩講師の元で勉強するのが普通。しかし、中村は全てを独学した。

「誰かの受け売りでは独自性を出せない。独自性がなければ、創業期の中小企業は大企業に勝てません。だから、オンリーワンにこだわりました。

世の中にはカラーコーディネーターなどの専門学校が山ほどあります。でも、そこに通うと、理論や考え方が皆似通ってしまい、業界の先輩にはかないません。

私が色彩コンサルタントでここまでやれたのも、他にない独自の理論を作ったから。だから、靴屋をやる時も、福岡・九州で唯一の靴ということにこだわりました」。

机上の理論ではなく、今どき動物園や植物園で色を研究する人はいない。多くの人からは笑われたそうだ。しかし、今の動物や花の色彩は、厳しい自然に対応し、何億年も生き残ってきたもの。

これはビジネスと同じだ。ビジネスも自然と同じく、弱肉強食の世界。常に新しい競合商品や会社が出没し、消費者のニーズや環境も目まぐるしく変わる。いかに変化対応していくかが大事だ。

ビジネスで生き残る色、勝つ色を、自然界で勝ち残った動植物から学ぶというのは、極めて理にかなっている。

 

■「起業」は勢いが大事

 

「私には金も人脈もなかった。でも、やろうと思えば夢はかなうんです。本気で絶対やると決めて行動すれば。だから、起業を考える人には、”どうしようかと迷っている程度では駄目。本気になることが大切”と言ってます。

本気になって行動すれば、必ず天の助け=様々な人からの協力があります」。

金がないから、動物園や植物園、図書館で勉強するという発想が涌き、その結果、どこにもないオリジナル性が出せた。また、色で飛び込み営業をやる人もいないから面白がられたし、各種講演会にも呼ばれるようになった。

靴屋の開業も、本気になって書いた手紙がテナントオーナーや靴メーカーを動かし、思いは次々に現実のものとなった。

「私には事業の師匠がいるんですが、その人がいつも言います。経営者に必要なのは、品格、性格、勢い、の3つだと。

その中でも一番大事なのは「勢い」だと言います。学歴も経験も人脈も金も、何もない私でも出来た。まずはやることが大事。特に仕入れがないサービス業は、失敗してもリスクはない。行動して初めて、未知の扉は開くんです」。

今の夢は、個人として40歳になったら山を買い、家を2件建てること。そして、事業では色のノウハウを確立してスクールを開校し、靴は九州を超えてチェーン展開をしたいという。中村の行動力があれば、必ず実現させるに違いない。

 

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