「第四章」転職失敗に学ぶ

[第四章]バカは転職失敗で学ぶ

この20年で求人情報誌や人材バンクが数多く生まれ、最近ではインターネットでも転職サイトが花盛りです。新聞に比べると求人誌等は情報量が多く、一見、適職を探すには都合が良いように思えます。ところが実際は、この転職でも失敗する人が後を絶ちません。

私はリクルート社で求人広告の営業をやり、転職も5回経験。脱サラした今もたまに求人コピーを書きます。だからわかるのですが、表向きの求人情報と実態では大きな差があります。情報誌と言っても中身は全部広告ですから、企業のマイナス情報は載せません。人材バンクや転職サイトの情報も同じです。まあ、「ウチは仕事が楽で残業もなく、給与も高いよ」というコピーを、そのまま鵜呑みにする読者も甘いですが。

実際は最初の就職と同じく、転職も入社してみないとわかりません。35歳ぐらいまでは自分の天職を探す旅だと割り切って、複数の職場を経験するのも良いでしょう。

九州トップクラスの店舗用販促什器メーカー「KMA」の巻社長は、27歳迄定職に就かず、新聞配達や債権回収など約30回の転職を経験。どう生きたらいいのか迷っていました。そして、営業マンをやりながら35歳の時に中小企業診断士に合格。経営の面白さに目覚め、40歳で独立します。関連事業の診断士受験校では自ら講師も務めますが、現役の経営者+豊富な職歴に基づいた実践講義は大人気です。

企業向けコーチング「ナビゲーター」の長田さんも、最初の広告代理店は営業ができずに数ヶ月で退社。次に入った印刷会社も、体が汚れるのが嫌で退職。3度目は、得意な英語を活かそうと英会話講師になりますが、ヤリガイが見い出せずにまたも退職。4度目の旅行代理店でやっと花開き、営業本部長として会社を年商100億円に導きました。しかしその後、幹部と衝突して退職。45歳を過ぎての転職では納得する職場がなく、1年間の失業期間を経て脱サラしました。結果は、初年度から年収で1000万円を突破。現在はコーチングの枠を超えて、あらゆる企業や団体のセミナーや研修講師も務めています。

100円ショップ「ダイソー」で有名な大創産業の矢野社長も職歴は多彩。中央大学の夜間を卒業後、義父の家業であるフグの養殖業を手がけますが、数千万円の借金を残して東京へ夜逃げ。百科事典の販売会社に転職しますが、飛び込み営業が全くできずに数ヶ月で辞めます。その後、ちり紙交換やボーリング場等、性に合わずに転職を繰り返します。

そして、「自分は営業はできないが、商品を並べて置くだけの販売ならできる」と、ビニール雑貨等の移動販売に転職。当初はスーパー等の軒先を借り、ベニヤ板の上で質流れや倒産処分品を売っていました。しかし、安かろう悪かろうでは固定客もつかず、同業他社も次々に撤退。矢野社長もヤケクソになり、ある日100円均一で赤字覚悟の閉店セールをやりました。結果は大反響を呼び、その後は協力する仕入先も急速に拡大。バブル崩壊という追い風もあり、今では年商2000億を超える一大小売りチェーンになりました。

矢野社長は百科事典のセールスでは最下位の成績で、口下手のために接客やサービスをするのも駄目でした。結果として転職を繰り返し、最後は商品を並べるだけの移動販売をやるしかなかったのです。

私もヤマハのルートセールスは駄目でしたが、リクルート社の法人向け新規開拓営業は性に合いました。ルートセールスは嫌な客でも廻らないといけないが、新規開拓は自分で好きな客を選べる。断られることが大半だが、いろんな業界を知ることができて楽しい。同じ営業でもこんなに違うのかと、まさに目から鱗が落ちました。

一般消費者相手の営業と法人向け営業は性格が異なります。顧客が主婦か学生かサラリーマンか、対象が女性か男性かでも、仕事内容は異なります。営業が駄目でも小売業は向いていた矢野社長のように、人にはその人にあった職業が必ずあるはずです。一度や二度の転職失敗はウオーミングアップのようなもの。諦めずにチャレンジをしましょう。

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