「第八章」家業を越えて

「第八章]バカは家業の限界に学ぶ

第七章で述べたように、企業や業界には寿命があります。初代で倒産や廃業するのも当たり前ですから、2代目で潰れるのも当たり前です。石炭が石油に変わって産業自体がなくなったように、紳士服や玩具チェーンの登場で百貨店が衰退するのも仕方ありません。 ドラッカーやセブンイレブンの鈴木会長が言うように、企業は周りの環境に応じて常に変化対応していかなければ生き残れません。

1坪で年商1億円を売り上げる東京葛飾区の総菜店「かねふじ」。遠藤社長は大学を卒業後に家業の繊維業に入りますが、繊維業の将来性に悲観。家業に見切りを付け、需要が安定した飲食業に目を付けます。そして、総菜なら素人の自分でもできると考え、スーパーの肉売場や総菜店で修行。現在は10店舗のチェーンを展開しています。

企業給食の代行業で日本一の「シダックス」志太社長は、高校を卒業して叔父の経営する大衆食堂に勤務します。しかし、ドライブインの台頭等で3年後に廃業。その後、富士フィルムの給食の下請けをしていた28歳の時、アメリカ視察ツアーで給食事業大手ビッグフードの副社長と会います。感銘を受けた志太社長は、帰国後にカフェテリア方式の業態を開発。これが大学や企業に次々と受け入れられ、一部上場企業にまで発展しました。

家電小売りチェーンの「コジマ」小島会長は、高校時代から栃木の家業であるセメントやタイル販売店を手伝います。その後、ミシンと電動ポンプの販売に転じますが、事業の将来性に悲観。東京にテレビを仕入れに行き、家電品のディスカウントを始めます。

以上の例のように、家業の転換や進化に成功することは希です。多くは、初代で家業は潰れます。しかし、蛙の子は蛙なのか、家が自営業の子供が自分も独立する確率は、サラリーマン家庭の約3倍(中小企業庁の新規開業白書参照)。それも、家業が零細であったり、倒産や廃業の家庭に育った子供は親の苦労に学び、自然に商売感覚が身に付きます。

福岡でアパート建築トップクラスの「トマト建設」富永社長の実家は肉屋、丸海屋やぶあいその居酒屋チェーン「てっしい村」の溝上会長は駄菓子屋、青汁「キューサイ」の長谷川社長は繊維問屋、ダイビング「オーシャン・ビュー」の大堀社長は遊技場と飲食店、いずれも、子供に継がせる規模ではない零細家業です。

もっと子供の勉強になるのは、実家の倒産です。「ワタミフード」の渡邊社長は、小学生の時に父の広告製作会社が倒産。その時に、将来は事業家で成功して父のリベンジを誓います。人材派遣大手の「グッドウイル」折口会長も小学2年で父の人工甘味料会社が倒産。生活保護を受けながら、事業家を目指します。「リンガーハット」米濱社長の実家も小学3年の時に父の鮮魚卸が倒産、「カレーココ壱番屋」宗次会長は中学生の時に養父が破産、焼き肉の「牛角」で上場したレインズインターナショナル・西山社長も小学生の時に父の不動産業が倒産、宅配ピザ日本一「ピザーラ」の浅野社長は高校生の時に紙器会社社長の父が倒れ、母はウーロン茶事業に失敗。「ユニバーサルホーム」の加藤社長は、父が事業に失敗して母が内職・・・こういう例は枚挙に暇がありません。

親が事業に失敗すると、当然、家庭は貧乏で厳しくなります。加藤社長は小学3年から6年まで新聞配達をやり、宗次会長は屋台を引く母親の手伝いを小学生の時に。折口会長も中学生の時から喫茶店で働き、学費がないので中卒後は自衛隊の少年予科に入りました。

昭和30年代以降の普通の家庭に育った子供は、生まれたときから裕福です。戦前や戦中世代の苦労は知りません。しかし、零細な家業に育った子供は親の苦労を見て育ちます。そして親が倒産や廃業すれば、子供の頃から働かざるを得なくなり、強烈なハングリー精神や自立心が身に付きます。逆にあまりに成功すると、子供は苦労を知らないバカ息子になります。家業のほとんどはこの2代目で潰れますが、結果として孫はハングリーな境遇で逞しく育ちます。自分が駄目なら息子が、息子が駄目なら孫の代で逆転するのです。

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