「第二章」バカは無学歴に学ぶ

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[第二章]バカは受験失敗・無学歴に学ぶ

 

「イイ学校を出て有名企業・大企業に勤め、出世すること。それが人生の成功である」。私の父は昭和6年生まれですが、当時では数少ない大学へ進学。それも国立の神戸大学を卒業し、入社した福岡シティ銀行では30代にして取締役になりました。勿論、学歴だけで出世したわけではありませんが、私も進学高校から一流大学に入ること、それが人生で成功することだとずっと考えていました。銀行の社宅で育ち、周りの環境もそうでした。

 

今思えば本当に恥ずかしいことですが、30歳ぐらいまでは相手が九州大学や京都大学や早稲田・慶応出身と聞くと、それだけで凄い人だと怖じ気づき、高卒や無名大学だと見下していました。本気で、学歴=社会での価値=人間の価値に比例すると思っていました。

 

だから、サラリーマン時代に自分が不遇の時も、週刊誌の有名企業の社長出身大学ランキングなどを見ては、「腐っても関関同立で西日本では有名。俺は立命館大学出身だから、イイ線行っている。大丈夫だ」などと自分を慰めていました。

 

バブル崩壊前のサラリーマン世界、特に、終身雇用だった大企業では、明らかに学歴・出身大学差別はありました。今でも、多くの大企業ではその名残はあるはずです。

 

しかし、今や有名大学を出れば大企業に就職して人生も安泰、と言う図式は完全に崩壊しました。ほとんどの会社では終身雇用制度は事実上なくなり、実力主義、成果主義に移行しつつあります。中小やベンチャー企業では昔から学歴なんて関係ないですし、ましてや完全実力社会の独立起業では、学歴は全く関係ありません。

 

1年前、私がつき合いのある福岡の創業社長100人の学歴を調べた時、一番多かったのは高卒以下で、全体の6割を占めました。次に多かったのは出身大学では福岡大学ですが、これは単に学生数が西日本一だということでしょう。九州大学等の国立大学や早慶はほんのわずかでした。逆に、地元大企業のサラリーマン社長では九州大学や有名大学出身者が多く、どうも企業規模と学歴は反比例するようです。

 

一代で巨大な「京セラ」グループを作り上げた稲盛さんは、中学時代に2度進学校の受験に失敗。大学も希望だった大阪大学には落ち、仕方なく鹿児島大学へ進学しました。国立とは言え、田舎大学で大企業への就職もことごとく失敗し、赤字会社で銀行管理だった松風工業に入社。そこも同期6人中5人が半年で退社するほどの会社だったそうですが、一念発起して特殊セラミックの開発に成功。その後、脱サラして大成功を収めます。

 

福岡・中洲地区で5年で地域NO1になった「福一不動産」古川社長は、無名の大分工業大学だったので大手ゼネコンの入社試験は全て落ち、結果としてマンションデベロッパーに入社。そこで鍛えた営業力を武器に脱サラしました。医療用ソフト開発で九州トップクラスの「フューチャーリンク」山本社長は、父親が倒れて福岡大学を中退しています。

 

九州のベンチャー支援として大活躍中のディーブレイン九州の浅井さんは、高校を中退して水商売の道に入り、その後公認会計士に。旭硝子西日本建材のトップセールス・村上さんは、高卒後に美容師や日雇い労働を経て旭硝子に入社。大企業の学歴差別に勝つため資格を独学で15取り、通信制で産能大学を37歳で卒業しました。九州発の本格的な株式スクール「ライズ」を展開し、35歳にして億の資産家になったピーエムエーの周藤社長は、中学時代は暴走族、工業高校時代は麻雀に明け暮れて大学進学を断念。その後入社した三和シャッターでトップセールスになり、独立して大成功しています。

 

これら、無学歴者に共通するのは、大卒や有名大学出身者に対する負けん気。実家が破産して高校中退せざるを得なかった日本ガードサービスの市川社長は「同級生が大学を卒業する22歳迄に社長になる。奴らに勝つには、それしかない」と思ったそうです。

 

今の時代も、高卒や無名大学では大企業への就職は難しい。しかし、だからこそ、学歴に頼らない自立心が身に付く。受験失敗や無学歴は、10代での貴重な挫折経験なのです。

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