ボクよりダメな奴が来た。嬉しい。人の不幸は蜜の味。

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ドラえもん。国民的マンガらしいが、私は見たことなかった。先日、硬派スピリチャル作家講演家の石田久二さんの講演会で、そのドラえもんの膨大な漫画の中で、一番好きなのが「ボクよりダメなやつがきた」と聞いた。ある日、転校生・多目くんがクラスに。多目くんは何をやらしてもダメ。勉強もスポーツもビリ。

 

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今までのビリはのび太。その、のび太よりもダメな多目くん。のび太は嬉しくなり、こいつはイイやつだと、家族やドラえもんにも紹介する。人前でわざと多目くんと勉強やかけっこをして、自分よりもダメな多目くんを助けたり励ましたりする。・・フリをして、そう。生まれて初めての優越感に浸っている。嫌なヤツ。周囲から見ると。そのことに気づかないのび太。イラッと来たドラえもんが「配役交代ビデオ」を出し、多目くんとのび太を入れ替え、さらにのび太をスネオに変え、多目くんの虐げられている気持ちをそれとなく伝えた。のび太は顔面蒼白になり、大反省。のび太の策略で殴られようとしてた多目くんを助け、代わりにジャイアンにボコボコにされる。多目くんはまたスグに転校することに。最後のお別れで「のび太くんのように仲良くしてくれた友達はいなかった。ありがとう」。

 

以下はベトナム放送分・声は日本語「ボクよりダメなやつが来た」。前半15分で終わり。

 

日本語で検索してもYouTubeは出ない。そりゃ著作権でスグに削除だ。と思ったら、何語かでたくさん番組が出てる。見ると声は日本語だ。その何語かをコピーして自動翻訳するとベトナム語と判明。「ボクよりダメなやつがきた」をベトナム語に自動翻訳。YouTubeでベトナム語検索で発見!スゴい時代になった。

 

 

で、この「ボクよりダメな奴が来た」。誰もがわかりますね。この、のび太の優越感。合コンの時、自分より美人やハンサムを連れてこないのと同じ。会社の中で、自分よりもダメな奴がいると嬉しい。ホッとする。逆に、自分が他より劣る、どころか、その集団で一番ビリだと、ものすごい劣等感に苦しみますね。学校、家庭、会社、友人知人、趣味サークルの中で。劣等生、劣等感。物心ついた小学生時代から、私もそれは感じてました。まずは勉強の成績。1や2はなかったですが、5はなく、3と4ばかり。それも3が多い。学年全体では350人中80番~100番前後。まあ、中の上ですね。か、上の下。運動も似たようなもの。顔やカラダもそうかな。オレは中の上、いや、上の下だ。やればできる。本気を出せば、上の上は無理でも、上の中にはなれる。と幻想を抱いていた気がします。これが中学まで。高校で自分にはレベルが高い進学校に入り、高1の最初のテストで350人中200番以下に。これは衝撃でした。相当なショックを受けましたね。オレは平均以下なのかと。ものすごい劣等感でした。打ちのめされた感じ。ところが高1の二学期にオヤジの転勤で私も転校することになり、ワンランク下の高校へ転入。そこでは成績は350人中100番とか、いい時では50番以内でした。科目によってはクラスで一番とか、学年でも何かの試験では30番以内とか。私にとっては居心地がいい二流高校でした。小倉西高校は。この、組織の中での順位。自分の居場所は大事ですね。気分的に。私のような気にしい人種には。その後、大学、部活、同好会、友人関係、バイト先、英会話学校などで、自分の居場所は常に意識しましたね。社会人になってからは、就職先の会社内でどういう位置か。学校時代と同じですね。優等生か劣等生か普通か。上・中・下の意識はある。自分や同僚や先輩や後輩を、そういう目で見る。自分が中以下だとツライ。下だと最悪。しかもビリはありえない。人間ではない。学生時代は偏差値とか学校のブランドや有名無名で差別する。人もいる。社会人になると、仕事がデキるできないで差別。差別というか、順位はできる。居場所。野球もサッカーもそれは仕方ない。買った負けたがスポーツの醍醐味。本当は殺し合い。それをゲームにしてスポーツとして楽しむ。ビジネスにする。で、私は就職した会社で、自分の成績・立ち位置が中以下になるとダメだった。精神的に病んでダメ。他人もそういう目で見た。というか、皆も同じだろう。自分や他人の立ち位置をはかることは。人を上中下に分類する。できる人はホメる。ダメな人は見下す。動物や自然界でも同じだろう。弱肉強食は自然原理。強いものが生き残る。わけではないが、環境の変化に適応したものが生き残るだが、基本は強いもの、優秀なものが生き残る。中はまだいい。中の下も。下はツライ。中や上に比べると。その下の中でも、本当の最下位はツライ。ビリッケツ。のび太がそうだったとは知らなかった。負け犬の癒やし漫画か。2:8の法則で言えば、世の中の8割の人は劣等感を抱いている?一時期、国民総中流意識とか言ってたが、バブル崩壊後は格差が開いたか。一部の勝ち組と、多くの負け組。中間層が一番多いだろうが。が、さまざまな意味で人は負ける。劣等感を感じることも多い。時と場合によって。で、のび太と多目くんの関係。以前、まったく同じ友人2人を見た。まさにこの漫画の通り。類は友を呼ぶ。非行は非行仲間、勉強組は勉強仲間、エリートはエリート仲間。ビジネスでも似ている。いずれにしろ、人には居場所がいる。自分が属する組織がいる。家庭、友人、学校、会社、趣味サークルの。属するものがないとツライ。属していても、その中で最下層やイジメられてるとツライ。最悪は死ぬ。家がない、家族や家庭がない、友達がいない、学校に行ってない(浪人・不登校)、会社に行ってない(失業)、仕事がない(無職・顧客がない)、趣味サークルもない、というのはツライ。孤立、孤独、村八分は精神的に追い込まれる。属していても、家庭があっても親からバカにされている、虐待されている、妻子から無視されてる。会社でもお荷物、ダメ社員、赤字社員、嫌われている、コミュニケーションがダメ、バカにされてる。のはツライ。なんでもどこでもそうだ。居場所。立ち位置。上や中はいい。問題は下だ。下の中でも最下位グループはツライ。一番下は。で、数日前に見たYouTubeか何かで言っていた。「被差別部落の穢多非人は、士農工商の下に位置させることで、不満のはけ口にした」と。これは聞いたことがある。が、直感的になるほどと思う自分がいる。たぶん、生物学的というか動物的に正しい。理性では良くないが、感情というか本能的には納得する。これは生き物の性ではないか。先進国の人は後進国を見下す。金持ちは貧乏人を、頭のイイ人はバカを、仕事ができる人はできない人を、美人はブスを、ハンサムはブ男を、健常者は障害者を、男性は女を、大人は子供を、大企業は中小企業を、正社員はバイトや派遣を、ホームレスを、ニートを、無職を、見下す。のは、理性では良くないことだが、本能としては仕方がない。ある程度は。油断すると、気を許すと、自分より下の人を見下す。私もしょっちゅう、下品な言動をしている。これはすなおに認めるしかない。スポーツでも、強いチームは弱いチームを見下す。優越感に浸る。仕方がない。そういう構造になっている。優劣意識は遺伝子の中にある。動植物にも。たぶん。赤ちゃんにもあるだろうし、子供やネコにもある。いや、子どもや動物はもっと露骨だ。で、私は何を言いたいのか。自分でこう書きながら、吐露しながら、何かを探している。答えを。自分にとって都合がいい答え。ここには書けないことも多い。自分の恥ならいいが、他人のマイナス的なことは書けない。良くも悪くも曝されるのも仕事の有名人や芸能人ならいいが、無名の一般人は書けない。しかし、そうか。ドラえもん。主人公はダメ人間か。そういうことか。子供向けだが大人にも人気がある。らしい。のは、そういうことか。ダメ人間を見て溜飲を下げる。ストレス解消。不満のはけ口。かどうか知らんが、もちろん、それだけだと酷い漫画だから、今回の「ボクよりダメな奴が来た」のように、ダメ人間が主人公でも、なんらかの救いがあるのだ。たぶん。これしか見てないからわからんが。が、理性で感情がない優等生からすると、劣等生や社会的弱者が可愛そうとか関わる暇があれば、自分と家族と仲間が勝つ、生き残る、優等生として劣等生を駆逐することに専念せねば。まずは勝つ。生き残る。余裕で。余ったら、いいこともする。余裕の余った範囲で。寄付とボランティアとか慈善事業。いや、その前の過程でも、いいことはすべきだ。日本人全体はそういう国民性だ。他のアジアや欧米に比べると、その国民性というか、性格の良さは高い評価を受けている。で、私は就職・転職・独立起業の世界では、その居場所や立ち位置は、上・中・下に分けると、客観的には「下」だ。サラリーマン時代は大企業にいたこともあるし、中小にもいた。そのサラリーマンとしては、それぞれ会社の中で、下(ヤマハ発動機)、中の下(リクルート人材センター)、下(IBMリース)、中の上(ミッドという中小)、下(出版社のバイト)、中の上(広告営業のアド通信社)を経て、今の独立。は上・中・下を行ったり来たり。零細自営業として。個人職人芸だな。フリーランス、自由業か。仕事が無い時は無職ニートだし。まあ、1年も休業して世界一周にも行ってるし、放浪者だ。バガボンド?いいねえ。根無し草。山頭火に憧れる。漂泊者。乞食だ。ホームレス。旅人。懺悔の放浪者。ブッダもそうだったか。わからんが。キリストも。乞食だな。実質。知らんが。実態はわからん。創作だ。私の場合、やっぱ、自殺した母親との事件を清算というか昇華せねば。懺悔。自殺教唆だもんね。逮捕されたね。先日。子供に「24時間以内に死んでくれ」で中学生が自殺。連れ子か。あの犯人の親の顔、ふてぶてしい、いかにもヤンキー不良系で学のない、下品で性格悪そうな。オレと似てるとドキッとしたね。同類だ。イスラム国のバカ日本人とも。ヤバいね。破滅系と似てる。作家や求道者には多いんだよ。そういうおかしいのが。いいんだよ。そのままで。よくない。変わりたい。変わる。変わったと思ったが、本能というか本性の部分は変わってない。とこもあるが、変わったとこもある。前向きに生きよう。で、人は居場所が必要だ。その人にとって心地いい居場所+そこで認められること。家庭、学校、会社、職場、友人、趣味など。居場所がないとヤバい。あっても、その組織で認められないとツライ。親が離婚、一家離散、ネグレクト、イジメ、ダメ人間、ダメ社員、派遣やバイト身分、息抜きの友人や趣味もない、・・・マズロー欲求段階の、下から生存・安全・所属・認知・自己実現の、所属と認知がないのはツライ。もちろん、その下の生存と安全がない=衣食住がないと死ぬが。動物として。が、食うものや家があっても、所属する仲間や家族や友人もなく、自分を認めてくれる人もないとツライ。精神的に。衣食住がないと乞食やホームレス。所属と認知がない=精神的ホームレス。そうならないよう、衣食住のためにお金を稼ぎ、居場所と認め合う仲間・家族・友人知人が必須。上・中・下のどこかで。が、組織の中で下にはなりたくない。劣等感のままの人生はツライ。勝ち組になる努力を続けるのか、堕ちた人には愛の手を差し伸べる。ことができるよう、経済的精神的余裕を持ちたい。そういう、余裕のある人格者になりたい。レベルに応じて。

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