ロッキーのエロ・ポルノ男優時代

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「ロッキー」のシルベスター・スタローン。イタリアのシチリア系移民(父は理容師で母は占い師)の子として育ち、NYのスラムで育つ。小学校時代に両親が離婚し、不良ヤンキーで10数回も転校。ボクシング・ジムに通う。この経験があとで活きるんですね。人生に無駄はない!

 

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その後はスイスのアメリカン・スクールに短期留学。演劇に興味を持ち。アメリカに帰国後、マイアミ大学の演劇科に入学。中退後、初の映画出演はポルノ映画。「貧しくてお金もなく、やるしかなかった」と。他のバイトで用心棒も本当にやっていたらしい。ロッキーの中でも用心棒役で出てましたね。本格的な役者を目指したが、幼少期の医療ミスで顔面が歪み、それもあってオーディションに54回も落ちる。

 

1975年、モハメッド・アリとチャップ・ウエップナーの試合に感動。これは私・栢野も見ましたが、無名で弱そうなチャップウエップナーが最後まで耐えて頑張ったのには驚きました。スタローンは3日で「ロッキー」の脚本を書き上げ、映画会社に売り込み。担当者も気に入って制作が決まったが、主演はロバート・レッドフォードなどの一流俳優を使うのは条件と。スタローンは自分を主演に使うことを譲らず、最終的にはOKさせる。が、当時29才の無名俳優ではヒットは見込めないと、制作費も大幅にダウン。エキストラも「フライドチキンをあげる」と一般市民を集め、犬のバッカスも自分の愛犬。出演者も極力、友人知人で間に合わせたという。

 

そして1976年に「ロッキー」公開。無名俳優で低予算のB級映画監督映画だったが、口コミと評判で大ヒットに。私も何度も見ましたが、単純でわかりやすいストーリーがいいですね。それが実話に近いのも。しかし、スタローンがオーディションに54回落ちたとかスゴいですね。諦めない根性が。が、先日、37歳までバイトしてた遅咲きの高橋克実さんが「養成座で俳優を目指してた仲間も、30才を前にこの世界から卒業した。転職や田舎に帰ると。今も俳優やってるのは僕だけ」と言ってましたが、もしかしたらスタローンも当事29才。最後のチャンスと思っていたのかも。

 

スポーツの世界では20才前後で諦める。歌手や俳優は30才前後。なるほど。サラリーマン・ビジネスマンの世界では40才前後ではないか。出世競争などは30代半ばまでには見えますもんね。その後は引退はなくても諦めてサラリーマンを続ける。か、居づらくなって転職や起業もある。人生いろいろ。

 

で、ロッキーというか、スタローンの紆余曲折大逆転人生は、定期的にwikiなど見て感心してるんですが、最初がポルノ映画・・・もしかしてと検索すると、画像も動画も出てきました。凄い時代ですね。見ると、本当にポルノ映画。これでますます好きになりました。スタローンが。まさに下積み時代。イイですねえ。あなたの下積み時代は?人に言えないヤバいことやりました?これからします?

 

で、やっぱこれですね。「ロッキー」の名シーン

 

「あと、あなたに言いたいことがあるの」

「何?」

「ウィン!」

「?!」

「ウイン!!」

「ぼやぼやするな!行くぞ!」・・・トレーニングで下町の商店街を走るシーン・・おばさんがみかんをあげますが、あれは演技ではなく、本当にトレーニング中だと思って応援のためにあげたハプニング。をそのまま使ったそうです。最高っすね。

 

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