孫正義の天職発見伝②

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※以下は講演録の文字起こし+抜粋紹介です。あまりに素晴らしいので、そのまま引用メモします。

 

「コンピュータ業界」を選ぶまでの沈思黙考500日! 小さな会社の事例はコチラ

 

学生時代に1日1発明を自分に課した孫正義氏が1980年代初頭に実社会に出てまず行ったのは、一生を捧げる業界の選択だった。驚異の探究心で各業種を1年以上かけ研究。結果導き出された「コンピュータ業界」の土俵で、総資産6800億円、年収93億円(2012年当時)という長者日本一への道を猛進していく─。

 

※文章は以下のアサヒ芸さんから抜粋 http://www.asagei.com/7512

※動画は2011年の学生向け講演会

 

「メダカの子」か「鯛の子」か

 

孫正義は、1980年3月、カリフォルニア大学バークレー校を卒業すると同時に、日本に帰った。福岡市内の古いビルの二階に、企画会社としてユニソン・ワールドという社名で事務所を構えた。会社を登記する時、自分の名前を「孫正義」と書き込んだ。それまでの日本姓である「安本」を捨て、代々伝わる韓国名の「孫」姓を名乗る決意をしたのである。

 

親戚たちは、懸命に止めた。

「正義よ、お前は、まだ子どもだからわからないんだ。学生上がりで、世の中ってもんがわかっていない。韓国名の孫の名前で出ることが、どれだけのちのち苦しむことになるのか‥‥。悪いことは言わん。安本の名前で行け」

 

孫は、耳を貸そうとはしなかった。

「ぼくは、みなさんのように苦しい体験をしていないから、確かにわからないところがあるかもしれない。しかし、ぼくの人生です。どんなにつらいことがあったとしても、それはそれでいい。そんなコソコソ隠すような人生は、ぼくには合いません」

「そんなきれいごと言っても、実際には銀行が金を貸してくれなかったり、お客や社員がとりにくくなるんだぞ」

「いや、国籍の違いで離れていくような人は、むしろ自分が後で恥ずかしい思いをするんだ。ぼくから言わせれば、そういう人たちのほうがかわいそうな人ですよ。物事の本質を見られない人間ですからね」

孫にとって大きな決断であった。

 

〈問題は、どの土俵を選ぶかだ。一度選んだらこれから何十年も闘わねばならないのだ。その土俵選びのためなら、1年かけても2年かけてもいい〉

孫は、自分のスタートにもっともこだわっていた。〈メダカの子どもで生まれるか鯛の子どもで生まれるか。それとも鯨の子どもで生まれるか。同じ子どもでも、何の子どもで生まれるかで、成長したときの大きさは大抵決まってしまう。確率論から言えばそうなる。もしも、規模が小さく、てっとり早い業種から始めれば、10年先、20年先はかならず頭打ちになる。そのたびに業種を替えていかなければならない〉

 

孫は、土俵を選ぶための条件をまずノートに書き出してみた。

「儲かる」

「ビジネスにやりがいがある」

「構造的に業界が伸びていく」

「資本がそれほどなくていい」

「若くてもできる」

「将来の企業グループの中核になる」

「自分自身やりがいを感じる」

「ユニークである」

「日本一になりうる」

「人を幸せにできる」

「世界中に拡大できる」

「進化を味方にできる」

その数は、25項目にも及んだ。

 

孫は、ひとつひとつの要因に指数をつけた。例えば「新しさ」の指数は20点満点。「世の中の役に立つ」は50点満点。「小さい資本でできる」が30点満点というようにしながら、眼をつけたバイオテクノロジーや光通信、ハードウエアの販売といった40もの新しい事業の切り口を持った事業プランに点数をつけていった。総合点がもっとも大きいものに一生を捧げるつもりだった。

 

アルバイト社員の2人には、いつも熱っぽく語っていた。

「おれは、5年で100億円、10年で500億円、いずれは何兆円規模の会社にしてみせる」

孫は、40もの事業アイデアひとつひとつに対しての資料を膨大に集めた。スタートから10年間のビジネスプランを作り、予想損益計算書、予想バランスシート(貸借対照表)、予想資金繰り表、予想人員計画、マーケティングプラン、競合分析、市場規模の大きさ‥‥まさにしらみ潰しに調べた。自分なりの新しい切り口で、圧倒的なナンバーワンになれる決定要因を考え抜いた。

 

最初から大きく打って出る

 

これはと思う業種はいくつかあった。

コンピュータのハード会社、ソフト制作会社、貿易会社、病院のチェーン、情報関係の出版社‥‥。どの会社をとっても、自分の切り口は新しく、かならずや成功するに違いないと踏んでいた。孫は、1年半ものあいだ、しらみ潰しに調べた結果、自分の掲げた条件にもっとも合っているのはコンピュータ業界だとにらんだ。孫は確信していた。〈マイクロプロセッサが与える革命的影響は、まずひとりひとりが使うパーソナルコンピュータという形で始まる。そこからだんだん広がっていく〉孫は、創業前からデジタル情報革命のインフラを押さえることを目指した。

 

まずは、個人的レベルで使われているパソコンにもっとも必要なソフトウエアの流通からはじめよう。

 

〈日本全国にパソコンソフトの制作会社は数十社ある。ソフトの小売店は数百店を超える。それなのに、メーカーと小売店を仲介する本格的な卸業者は、まだ日本で発達していない。これはいけるぞ!〉

 

同じソフトでも最終的にはあらゆるソフト、あらゆるデジタルコンテンツに入っていくが、とりあえずは圧倒的に数の多いゲームソフトに絞ることに決めた。

 

孫は、81年の夏に東京に進出した。社名を「日本ソフトバンク」とした。孫は、ソフトウエア流通をやるにしても、ソフト制作会社を取引相手として揃えておかなければならないと考えていた。そして、販売網も持っていなければソフトは集まらない。しかも、自分たちが間に入ることによってソフト制作会社にもメリットがなければならない。規模のメリットを出さなければ、自分が直接小売店に出せばいいということになる。ニワトリと卵、どちらが先かという生物学的な命題のようなジレンマをどうして突き破っていくか。どうやってこの業界に名乗りをあげるか。

 

〈チマチマやっても仕方がない。最初から大きく打って出るんだ〉

 

孫は、そんなある日、エレクトロニクスショーという家電・エレクトロニクス業界の展示会が近く開かれることを耳にした。孫は、資本金1000万円のうち、800万円を投じて出展する覚悟を決めた。孫は、展示会に大きなブースを借りた。松下、ソニーの出展規模とほぼ変わらない大きさだった。

 

 

「取引先は今はまだありません」

 

エレクトロニクスショーが終わって1カ月後、上新電機の本部長である藤原睦朗から日本ソフトバンクに電話が入った。上新電機は大阪にある当時、日本2位の家電販売会社である。上新電機の社長・浄弘博光は、数日後、日本ソフトバンクの事務所を訪れた。浄弘は出迎えた孫を見ると、豆鉄砲をくらった鳩のように眼を丸くした。

 

「藤原が言っていたが、キミか‥‥」

 

童顔でまだ学生だと言っても通るような青年が出てくるとは思ってもみなかった。しかも、間借りしていた事務所には、机が2つ並べられているにすぎない。何とも閑散としている。孫の眼には、はたして大規模なソフト売り場の卸を任せていいものかと、判断に困っている浄弘の気持ちが見てとれた。浄弘はソファに座ると、慎重に話し始めた。

 

「これからはパソコンの時代です。売り場も大きくして、大々的にやっていきたいと思っているんです」

「そうです。パソコンが大きな意味を持ってくる時代です」

「ところでキミは、どんなことをやりたいんだ」

 

孫は、自分のビジョンを懸命に説明した。浄弘もまた熱心に耳を傾けた。

説明を聞き終えると、浄弘は孫に聞いてきた。

 

「取引先はどんなところがあるんだ」

「今はまだ、まったくありません」

「資金はあるのか。大丈夫なのか」

「いえ、ほとんどありません」

 

ひとつひとつ質問をするたびに、浄弘の表情がゆがんでいった。

 

「どんなものが品揃えとしてあるの」

「いや、実際に揃えるのはこれからです」

孫は訴えた。

 

「日本中にあるソフトを一堂に集めて、すべてが揃っている店、日本一の店を作りましょう。だから独占的に品物を供給する権利をください。他からは一切入れない。その代わり、自分も徹底的にやります。やらせていただいたら、他のいろんなアイデアを出します」

 

孫は一息にまくしたてた。

浄弘社長は、声をたてて笑いはじめた。

 

「お前、おもしろいやつだ。何もなくて独占させろだと」

が、すぐに真顔にもどって続けた。

「自分の若い時を思い出したよ。お前に賭けてみようじゃないか。全部任せる」

 

「半端な売り方はしません!」

 

一方で孫は、並行してソフト制作会社に狙いを定めていた。まず、全国に当時50社あったソフト制作会社の中でも、1位のハドソンに白羽の矢を立てた。ハドソンは、工藤裕司と浩の兄弟が経営していた。札幌に本社を置いているが、ソフトメーカーの先端を突っ走っていた。孫は、電子翻訳機のプロジェクトチームの時のように、業界のトップを狙った。〈信長の桶狭間の奇襲戦法をとるしか、成功の道はない〉

 

まずハドソン社長である兄の工藤裕司と、赤坂にある東京営業所で会った。親分肌の裕司は孫の話を聞くと、思ったよりもすんなり話が進んだ。

「お前と取り引きしてもいいよ」

裕司は、エレクトロニクスショーでの孫の活躍ぶりを眼にしていた。こいつは口先だけでなく、なかなかやるわいと感心していた。裕司は、弟で副社長の工藤浩に会ってくれと孫に言った。ハドソンの実務的なことはすべて浩が担っていたのである。孫は、続いて副社長の工藤浩と会った。浩が上京し、ハドソンの赤坂事務所に来た時である。

 

孫は、自信満々の口調で言った。

「おたくと独占契約を結びたい。つまり、うちを通じてでないと、ソフトの小売店にも置かないようにしたいわけです」

 

ハドソンはその頃、ソフトは直接販売店に卸していた。電波新聞などと相手先ブランド契約であるOEM契約を結び、通信販売でもソフトを売っていた。孫はそれらの取引先をすべて切って、日本ソフトバンクだけに独占させてくれというのである。さすがの工藤浩も驚いた

「おたくとだけという取引にすると、うちは売り上げが減ってしまう」

「確かに、売り上げは初めのうちは落ちます。おそらく半分くらいになるでしょう。さらに、うちを通すことによって中間マージンをうちが抜くわけですから、利益率だって落ちます。しかし、私は半端な売り方はしません。ソフトの卸に情熱を傾けています。死にもの狂いでやります。やがては今の何十倍もの儲けが出るはずです」

 

この時、上新電機との話は進んでいたが、まだ正式な契約は済ませていなかった。実績は何もない。しかし、孫は上新電機の浄弘社長に話したように、自分の情熱と夢を語った。

 

「とにかく、ぼくに一回賭けてみてください。売り上げは必ずや伸ばしてみせます。メーカーとしていいソフトを作ることに全精力をあげて日本一になってください。ぼくは徹底的に売りまくりますから」

工藤浩にとっては雲をつかむような話である。腕を組み唸った。が、しばらく考えて言った。

「なかなかおもしろいやつだ。お前に賭けてみるか」

「ありがとうございます。ぼくもとことんやってみせます」

孫は深々と頭を下げた。孫は、“人たらし”ぶりを発揮して、ソフトメーカーのハドソンと、販売力を誇る上新電機をその気にさせたのである‥‥。

 

いうことで、そこから取引が始まりました。

 

以下の抜粋もとは http://kokumaijp.blog70.fc2.com/blog-entry-41.html

 

そこから一気にうなぎのぼりで、まったくゼロの売り上げから、1年ちょっとで30億円の年商になりました。

博打の勝負が当たった、ということですね。

 

お客さんがドーンと来て、社員2人のところから、1ヶ月後にはですね、15坪のところに引っ越した。15人くらい。

また1ヶ月したら、100人くらい、100坪くらいに引っ越した。

また2ヶ月くらいしたら、300坪のところに引っ越して、150人、200人の社員。

 

1年間で年商30億になった。そこから倍々ゲームでしたね。

でも最初の1ヶ月目のころは、当たるか外れるかの大博打。

でも最初のxxからガーンといきなり週刊誌とかで特集組まれて、何か「彗星あらわる」みたいな。ちょっともてはやされました。

 

そのあとに大きな苦難が待っていました。

 

創業して1年半、僕が会社の健康診断を受けたら、重症だと。肝臓が悪かった。即刻入院。
そこから3年半。入院出たり入ったりを繰り返した。

仲間たちは去っていく。
お客さんも、「あの人最近見ないね。なんか不義理になった」
資金が足りない。
社員も去っていく。
もうなんかむつかしいことだらけ。

困難がありました。
これがこの状態ですね。

 

ライバルの会社からは、我々が広告を出すことすら拒否された。
もう本当にどん底でしたね。
そういう状況になりました。

 

でも、支えてくれた仲間達が居ました。
社員、パートナーさん、お客さん。
そういう状況があった。

なんとかそれを乗り越えた。

 

そして30代がやってきました。
病気も治ってもう一度仕事にチャレンジする。

アメリカに行くぞ。
もう一度あの学生時代に学んだアメリカにチャレンジするぞ。

そろそろ軍資金も貯まった。
でも、もっと大きな軍資金を貯めたい。

株式上場だ。株式公開をしよう。そして始まったばかりのインターネットにチャレンジしよう。
ということで、人生3回目の勝負に出ます。

 

つまり株式上場、そしてアメリカ進出ということであります。

 

上場してすぐに、その当時ソフトバンクの時価総額は2000億円になった。2900億円ですね。

2900億円のときに、その資金を使って、会社全体の価値が2900億円のですよ、そのときにまずアメリカで、世界最大のコンピューターの展示会「コムデックス」

 

創業のときに我々が最初に出た展示会が大阪のエレクトロニクスショー。そこで800万円使ったわけですね。

今度は800億円使った。800万円ではなく、800億円を使って、世界最大の展示会を買収したんです。

そしてさらに出版もやってましたけど、出版もコンピューター業界の世界最大の出版社「ジフデービス」という会社があります。
この会社を買収するということです。

 

これが人生3度目の勝負。

 

コムデックス、800億円。
ジフデービス、2300億円。
合計3100億円使ったんです。

会社全体の価値が2700億円のとき。
また全額使っちゃったということですね。

またクレイジーだといわれました。

 

でもここが勝負どころだ。なぜならばこれからインターネットの時代が来る。新しくやってくるインターネットの時代に、その時代を切り開く地図とコンパスが必要だ。

 

宝探しに行くのに一番大切なものは、食べ物でもなくて、薬でもなくて、鉄砲でもない。
一番大切なのは、地図と、コンパス。

 

みなさん宝探しで無人島に行った。何が必要か?
地図とコンパスさえあれば、さっと宝を見つけて、一日で帰れるわけですね。

そしたら食料もそんなにいらない。薬も武器もそんなにいらない。一番大切なのは地図とコンパス。

それに相当するのが、コムデックスと、ジフデービスだと。

この世界最大の展示会。世界最大の出版社。これを2つとも買収しちゃったわけです。

 

で、探し当てた宝が、ヤフーだったわけですね。

 

まだ当時ヤフーのアメリカの社員が5、6人でした。そのアメリカの社員5、6人のできたばかりのヤフーに100億円投資して、筆頭株主になった。
あわせてヤフージャパンを興しました。

ということで30代の勝負をしました。

30代の勝負、まあデコボコありました。
でもなんとか乗り越えた。

 

そして、40代がやってきました。

 

30代の最後の頂点のところは、インターネットバブルでバーッと株があがっていく。
その絶好調のときはすごかったですよ。

 

僕の持ち株、ソフトバンクの会社の株の価値だけで、僕の持分だけで、1週間で1兆円ずつ増えていく。僕の個人財産が。
1週間で1兆円ずつ増えていくんですよ。皆さん自分の財産増えたらどう思います?

お金ほしくなくなるよ。

本当に思った。毎週1兆円ずつ増える。

 

銀座行ってもどこ行っても、買物ということのよろこび、ほしいなあ、とか、ほしいけどどうしようかなあ、とか、迷いとか、喜びという気持ちが、ゼロになる。完全にゼロになる。
1週間で1兆円ずつ増えて、このまま続くと何兆円になるんだろう?

 

銀座の三越に行っても、買おうかなあ、どうしようかなあ、丸ごと買うかあ、なんて。
丸ごとでも1兆円だったらおつりが来る。

買物の喜びというものがゼロになる。
家を買いたい、車を買いたい、洋服買いたい、そういう喜びはゼロ。
1兆円ずつ増えたらどうしよう。まあ誰か持っていってくれ。ちょっと邪魔だ。というふうに感じる。
そういう気分になったことないでしょ。

ちょっと人間おかしくなるよ。金銭感覚がね。

 

でもこのときに思ったのは、やっぱりお金よりも人々に喜んでもらえる何かそういうことをしたい。そのことばっかりだった。

人に喜んでもらえる。人から本当に感謝される。そういうことをしたい。

お金はどうでもいい。
40代ひと勝負かけよう。

 

お金以上によろこんでもらえることをしよう。
お金はあまり見たくない。
お金の話は僕に言わないでほしい。
そんな気持ち。

 

その直後になんと、ネットバブルが崩壊。

 

1年間でソフトバンクの株式価値は、100分の1に減った。100分の1。

バブルの頂点のときに僕は3日間だけビル・ゲイツよりお金持ちになったことがある。世界一になった。

お金いらなーい、と思っていたのが、直後にネットバブル崩壊で、ドーンと100分の1になったら犯罪者扱いですよ。

ネット事業に携わってるというだけで、詐欺師のように。まるで犯罪者扱い。

どこの雑誌めくってもですね、ネット事業=詐欺師集団、そんな感じでしたね。

 

大変でしたその当時。お金いらなーい、と言ってたら、お金なーい、に。

個人的にちょっと借金してたら、借金数えたら僕の持ってる株の価値より超えてる。あちゃー。こういう状況。

いらなーい、なんて贅沢なことを言ってられなくなった。

 

そのどん底のときに、もういい、もうやぶれかぶれだ、どうせお金ない、ここでもう最後の勝負行くぞ。いうことで既に準備しはじめていた大勝負、ブロードバンドに行くぞ!

 

もうこれはプランしかない。
バブルの頂点のときに、金が余ってる、というときに、よし、あのNTTに勝負しかけてやる。日本で最大の企業、あのNTTをぶっつぶしてやる。打ち負かしてやる!
ガーッと燃えてましたからね。

 

で、いざ、というときに、どん底でした。
でももう思い立ったら引けない!ということで、名乗りを上げた。

 

なぜならそのとき、日本のインターネットは、先進国で世界一遅い。世界一高い。これじゃあインターネット業界に携わってる我々としては恥ずかしい。

 

シリコンバレーの連中に対して恥ずかしい。

 

日本は世界で2番目のGDPの国だ、日頃言うとるけど、先進国の中でインターネット世界一遅いぞ。世界一高いぞ。先進国の中で。

GDPは2番。なんじゃその国は。ということでこれは恥ずかしい。だから日本のインターネット業界全部のために、日本のインターネットユーザー全部のために、ワシの人生よりそのことのほうが大切じゃ!

 

ソフトバンクも大切、ソフトバンクつぶれちゃいかん、ソフトバンクの経営者としての責務はある。でもそれはそれとして、つぶすわけにはいかんぜよと。

 

あわせてワシは何のために生まれてきたのか。わしゃなんのために志立てたのか。志ってなんだったんだ。そりゃデジタル情報革命だろう。

 

この革命のためにですね、人生を捧げてるわけですから、ここで怯むわけにはいかん。

この高い高い、世界一遅い、ってヤツを、世界一安くしてやろう、世界一高速にしてやろう。
そのメリットを得るのはヤフージャパンだけじゃないです。もちろんヤフージャパンはメリットを得ます。うちの子会社ですからね。子がかわいいと思うのは親の常です。

 

ヤフージャパンが喜ぶ。それはいいじゃないか。でもついでに楽天も喜ぶぞ。ついでにニフティとかなんとかいろんな会社もインターネットやってるあの人たちもみんな喜ぶけど、社長いいんですか?

 

うちの役員に聞かれました。

 

「バカモン!!」

 

「そんなこまい、ちまちました考えでどうするんだ! ヤフージャパンが喜ぶ、ええじゃないか。ついでに楽天も、モバゲーみたいなところとか、そのいろいろあるけども、みんな喜ぶでええじゃないか」

 

大切なことは、自分が競争しているライバルが喜ぶ、なんか漁夫の利を得る、そんなことでなんかけちけちしてもしゃあない。

 

「ヤフージャパンのユーザーだけ安くしましょうか?」

 

「バカモン!! みんなに安くしてやれ!」

 

それでインターネットユーザーの全員が喜ぶ。日本国民が最終的に全部インターネットユーザーになるぞ。日本国民が最終的に全部インターネットユーザーになって、その日本国民が、いつか、いつか、喜んでくれりゃあそれでええじゃないか。

 

でも社長、我々がやって、我々だけが感謝されないと、ついでに誰のおかげでそうなったのなんて、後の人は忘れますよ。
そう言われた。

 

僕は、ええじゃないか。名もいらん。金もいらん。地位も名誉もいらない。そんな男が一番厄介だ。

そんな厄介な男でないと、大事は成せない。大きな事はなせない。

 

こう言ったのは、あの幕末の西郷隆盛であります。

名もいらない。金もいらない。地位も名誉もいらない。命すらいらない。
そんな厄介な男はいない。

そんな男は打ち負かそうにも負かせられないわけですね。

命もいらない。金も地位も名誉も何もいらない。こんな厄介な男はいない。

 

もちろんNTTから見たらそうですよ。
儲けを計算してない。

当時のNTTさんが出してきた料金体系の5分の1です。8割引。8割引。

世界最高速。NTTの4倍の速度。アメリカもヨーロッパも中国も、10倍の速度。なのに値段はNTTの8割引。
アメリカ・ヨーロッパ・中国に比べても世界一安い。そんなブロードバンドを提供したい。

まさに「なんもいらん」という状態ですね。

もう「殺せ」というような。まな板に乗った状態です。

 

そのくらいの魂がないと、ひきちぎれるほどの情熱がないと、革命なんてできゃせん。

これを発表したんです。
一晩で、申し込みが、100万件を突破した。

まさに100万の人々を助けるという。1晩で100万件申し込みが来たんですよ。
そんなに用意してなかった。機材を。そんなに来ると思わんかった。
そのときのお客さん半年以上待たせてむちゃくちゃ言われた。
詐欺師! どうしてくれるんだ! と。

 

お客がそんなに申し込みが来たのにNTTさんはつながしてくれないんだよね。
もう怒鳴り込んでいって、机叩いて。NTTは面倒くさいいろいろ手続きがいるわけです。

もう総務省に乗り込んでいって、これでもうガーーッと机叩いて、NTTの総務省の担当課長に。

 

ここでわしゃあ灯油かぶる。自分で火つける。総務省のあんた方が言うてくれんと、あの独占的にメタル回線を持って、独占的に局舎を持ってる彼らが繋いでくれん。これはもうあきらかに独禁法違反だ。あきらかに手続きがおかしい。

 

彼らを担当が正してくれないと、待たしてる100万人のお客様に申し訳が立たない。申し訳が立たないならわしゃもうね、記者会見して、ごめんなさい、申し込みいただいたけども、提供できない。そのことで詫びて、記者会見してお客さんに詫びて、その後責任を取る。ゆうことでわしゃ灯油かぶって火つけてここで死にます!

 

といったらねえ、総務省の役人がですね、「ちょっと待ってくれ! ここでするのだけはやめてくれ!」

ここでなきゃどっかでやるならいいのか。焼身自殺してもここでやらなきゃいいってことですか。
何を言ってるんだボケ! そういう問題じゃないだろう。あんたが責任をそこで逃げちゃいけないんだ。

 

がんがん交渉して、結果的には、その場で「何をすればいいんですか?」というから、簡単だ、あんたが偉いわけじゃないけど、あんたんところは許認可の権利を持ってる。電話1本いれてくれ。
「フェアにしろ」ただそれだけでいい。
何をせいと具体的に言う必要はない。ただ単にフェアにしろ。その一言でいい。その一言だけNTTの社長に電話入れてくれ。

何か金をくれとか、不当にこちらに権利をくれとか、そういうことは一言もわしゃ要求せん。ただひとつ、フェアにしなさい。その一言だけ、総務省が言えばいいんだ。

ということで、結果電話してくれました。

 

そして、そこからやっと手続きが流れはじめた。

まあそういうことで、赤いヤフーBBの袋、皆さんも覚えてますか。

 

皆さん小学校、中学校のころかな。
あらゆる駅前でヤフーBBの赤い袋が、タダです、持って帰ってください。ブロードバンド体験してください。
これで日本のインターネットが速くなります。

 

それで日本中でタダで配りまくった。

ネットバブルがはじけて金がないときにようやるわ。ということです。
でもそれはただひとつの想いだったわけです。
参入目的。志。事を成す。

 

事を成す、それって何だ?
日本で最大のインフラの会社である、NTT。
この会社が独占的にネットワークに、インターネットに、独占的な企業支配を持ってる。
当時は99.9% NTTのメタル回線を使わないと、インターネットのサービスができない。ということだったんですね。

私はNTTの社長に何度か会いに、直接会いに行ったんですよ。
ブロードバンド、始めてください。
ADSLを始めてください。
NTTとしてやってください。
そうしないと日本は困るんだ。

 

そしたらNTTの社長は
「いや、NTTとしてはISDNをやる。決めてるんだ」

INSって聞いたことありますか? ISDN。もうとんでもないですよ。日本だけなんです世界で。そんなことをやってるのは。これが原因で高いんです。これが原因で遅いんです。
そういう状況で聞いてくれない。

聞いてくれないならしゃあない。
ワシがやる!

いうことで決意してやったのが、このヤフーBB。
ですからこのヤフーBBというのは、我々のゼニ儲けだとか、我々の何か名誉欲とか、そういうことで始まったんじゃないんです。

命の叫びとして、命を賭けて。
これをやったとき僕は、本当に、ついあの2、3週前にも言われました。

孫さん、あんときゃ目が血走っとったね。

あんたが会いに来いというから「わかりました」
仕事の話があるから来い。来てくれ。
わかりました。何時に行きゃいいですか?
今日来てくれ。
何時に行きゃいいですか?
3時だ。
わかりました、どこに行けばいいですか?
ソフトバンクの本社の向かい側の仮事務所みたいなところ、そこでうちのエンジニア達と、泊り込みでやってたんですよ。

 

3時というからなんだと思ったら、夜の3時。夜中の。
来てくれ、といって来る時間が夜中の3時。
夜中の3時に行ったらウジャーッとエンジニアが汗臭いにおいで、鳥かごのように、養鶏場の鶏のように、作業机に全員並んで、小さな部屋にすし詰め状態。

僕は手を叩いて、叫びまくりながら、やってる。
2時に来たら、3時までミーティング。3時ミーティング終わったときに、とくに部下の方には、じゃあこの仕事6時までに終わらせといてくれ。1回俺家に帰るから。

 

6時までに終わらせといてくれ。6時ってのは次の日の夕方の6時ではなくて、その日の朝手前の6時。3時間の間にもどってくる。

 

そうやって1年間、血反吐を吐くような思いで、やりました。

1年間1000億ずつ、4年間赤字だった。

 

ネットバブルはじけた影響で、2900億の時価総額に落ちちゃったとき、また4000億もの赤字よう出したなあ。

なんとかなるもんです。
高い志があればですね。

 

まさに我々にとっては桶狭間の戦いだった。

小さな我々の会社が、日本一大きな会社に、しかもバブルはじけたあとに。大変なことです。

でも結果は、我々も頑張った。
それに対抗してNTTも頑張った
イーアクセスも頑張った

 

いいんですそれで。
誰かがドーンと池に大きな岩を投げ込めばですね、水の波紋がグシャーッと起きる。
そしたらまた波紋が、敵が打ち返してくる。
ええじゃないか。

敵のNTTも、敵のイーアクセスも、情報革命を起こしたいという意味では、同じ志だ。同じ志。情報革命、デジタル情報革命を起こしたい。ブロードバンド革命を起こしたい。という意味では同じ志だ。
だから敵も味方なり。

 

最悪我が社が押しつぶされたとしても、その結果、日本のブロードバンドの夜明けが来れば、それはそれで目的は達成できた。
日本のインターネットユーザーから見れば、日本の人々から見れば、我々が結果捨石になったとしても、幕末の尊皇攘夷の革命の志士、途中で切り殺されたとしても、結果、維新が起きれば、事は成せり。

 

もうじき龍馬伝ではね、久坂玄瑞死にますけども、既に吉田松陰先生も死んだ、武市ももうじき切腹ですよ。あまり龍馬伝の先を言うなと。
歴史の事実だから。

 

仮に自分の身は朽ち果てたとしても、自分の命が朽ち果てたとしても、維新という事が成されれば、それはそれで立派に事を成せり。
僕はそう思ったんですね。

 

仮にこれで我々が、NTTという日本で一番大きな会社にチャレンジして、ぶち当たって、ぶちのめされて、ソフトバンクという会社が死んでも、孫正義という人間が死んでも、そのぶち入れた岩で、ガーンと波紋が起きてその反対側から、俺も価格競争だと、俺もスピード競争だと、あのウスノロの、どでかい会社がですね、これいまツイッターでもね、Ustreamでも流れて、NTTの人も読んでるかもしれんけど、あえて言うとくよ。

 

あのでかーい会社が、ウスノロの会社が、これで目覚めてくれたら、あんたも同志だ! ライバルとしては戦ってるけど、心の底では同志だと思ってるよ。
ちょっとフォローしました。

 

そういうことで、新しい時代が来れば、それでええじゃないか。
なんぼのもんじゃい!

ソフトバンクの株主には申し訳ない。社員にも申し訳ない。すまん、一緒に死んでくれ。
そういうことですよ。

革命とはそういうものだ。
命もいらん。金もいらん。名誉もいらん。そしてソフトバンクがなくなって、そしてソフトバンクの名誉もなくなっても、もうええじゃないか。

それで日本のインターネットの夜明けが来れば、日本のブロードバンドの夜明けが来れば、それでいいじゃないか。

そのくらいの覚悟がないとですね。事は成せん。
私は真剣にそう思ってるんです。

 

結果、日本は世界一安くなったんです。
世界一の速度が出たんです。

だから、世の中が悪いとか、政治家が悪いとか、景気が悪いとか、そんな言い訳を言うとったんじゃ、そんな愚痴を言うとったんじゃ、しゃあないぜよ。

愚痴を言ったら、自分の器を小さくする。

愚痴なんか言うとっても、なんも世の中ようならん。

愚痴を言う暇があったら、自分ひとりの命でもいいから、命を投げ捨てる覚悟があれば、波紋は起きはじめるということです。

私はそう思うんです。

 

ということで、人生の5大勝負、40代の一個目の大きな勝負が、ブロードバンド参入。

そしてもうひとつの大きな勝負をですね、モバイルインターネットだ。
そのためにボーダフォンジャパンを買収した。

 

身は捨てる覚悟ですけども、でもね、経営者ですから、上場会社の社長ですから、つぶれないようにはせにゃいかんです。
社員に一緒に討ち死にしてくれーッ!と言うても彼らの生活もありますから、責任もありますので、一応いろんな計算をしないといけない。戦略も立てないといけない。戦術も立てないといけない。技術的な吟味もしなければならない。当然のことながら、ただ討ち死にすればいいってもんじゃない。勝てるような構えをつくってやっていかなきゃいけない。

ということでやって、もがき苦しみながら、結果的にはブロードバンドも成功。
ブロードバンドも利益は出るようになりました。やっと利益が出るようになりました。

やっと利益が出るようになって、ネットバブルの傷もすこし癒えて、なんとか利益が出始めたというときに、もう一発勝負に出ました。

 

なぜなら、19歳のときに決めてたからですね。40代、私が事業家として40代のときには勝負をすると。
48歳になりました。ボーダフォンジャパンを買収しようと思ってたときには。

48歳。40代のときにひと勝負をする。ブロードバンドで全財産投げ打った。こりゃまだね、勝負はしたけど、まだちいとしたらぬ。

 

48歳、あと2歳残ってる。ということでもうひと勝負かけよう。もう1回全財産つっこんじゃえ。

いうことで、2兆円に時価総額が復活していました。ネットバブルはじけて、ヤフーBBしたことで2000億まで落ちたんですよ。

そこからまた10倍まで這い上がった。
這い上がった2兆円のときに、もう1回全財産ぶちこんで、2兆円の会社がですよ、2兆円買収金額使って、もう一発、最後の大勝負に出た。

 

それがボーダフォンジャパンの買収でした。

そのときは番号ポータビリティが始まる直前でした。
草刈場になる! と言われました。

ボーダフォンジャパン、これはボコボコにやられる。ソフトバンクになってなおさらやられる。いうふうにみんなが言ってました。

 

そのときに4つ改善しなきゃいけないことがある。
端末が、ボーダフォンジャパンの端末がダサい。
ネットワークがつながらない。
営業が弱い。ブランディングが弱い。
そして、コンテンツがない。

この4つの問題点がある。これしかない、逆に言えば。

 

この4つの問題点を解決しなきゃいけない。
これを改善します。
いうことでコミットして、始めました。
そしてホワイトプランだなんだといろいろなことをやって、なんとかグーッと這い上がってきた。
そこに、救世主あらわる。

これですね。iPhone。

 

ソフトバンクだけが日本でiPhoneを販売しております。

このiPhoneのおかげで、ソフトバンクはグッとそこからまたさらに上っていった。いうことがあります。

そして去年1年間で見ても、ドコモよりも、純増のユーザー数が2年連続で1位。

 

 

この赤いのがボーダフォンの時代。ほとんど伸びてないですね。
グレーのところがソフトバンク。ソフトバンクになって急激に増え始めた。いうことであります。

お客さんの数がどんどん増えている。

 

テレビ宣伝も好感度ランキングで3年連続ナンバーワン。
白い犬、お父さん、白戸家。これも3年連続ナンバーワン。

なんとか、最後の大仕上げのところも、無事に乗り切りつつある。

 

今私は、50代になりました。

50代でビジネスモデル、事業をある程度完成させる。

 

ということが、19歳のときに立てたライフプランであります。

 

20代で名乗りをあげる。
30代で軍資金を貯める。1000億2000億という規模の軍資金を貯める。これが株式上場ですね。
40代でひと勝負。無茶な勝負をする。それがヤフーBBとボーダフォン買収。

 

ちなみにこの2兆円の現金による買収というのは、日本の歴史始まって以来、最大の買収でした。
日本の経済史始まって以来、最大の現金による買収というのが、このボーダフォンジャパンの買収。

全世界で見ても、現金による買収では世界2番目です。人間の歴史で。
アメリカで1社だけあった。

そのくらい大きな博打だったんですね。

 

皆さんから見ればボーダフォンジャパンの買収か、あんま大したことないと思うかもしれませんが、でも一応、日本の歴史上、最大の買収、最大の大勝負、しかも、ほとんど全部借金でやったわけです。むちゃですよね。

 

まあでも、40代までは無茶をする。

50代は、ビジネスモデルを完成させる。
借金を2011年度には借金を半分にする。
そして14年度にはいまから4年弱で、ゼロにする。
純有利子負債、これをゼロにする。

 

そういうわけで、順調にこの通りのペースでいってます。

営業利益のほうも、ガーンとどん底の大赤字になりましたとかいいましたけども、そのあと、どんどん利益を出して、4月からの、来月からの新年度で、5000億の営業利益を出す。いうところまでいきました。

 

ボーダフォンジャパンの買収は、40代、一兆円二兆円というというところでしたけども、成功だったと。
本当に利益が出るようになった。

どのくらいの規模かというと、今年の予想はですね、日本全部の会社で6位。

 

仮にみなさんがソフトバンクに入社したいと思っても、みなさんの家族、親戚の人に、大丈夫か?と。
そんなわけのわからん会社、ソフト「パ」ンクみたいな会社に入社して、つぶれるんじゃないか?
なんかあそこは借金多いらしいぞ。いうイメージがあるんだけど。

 

実は利益では5000億を越した、創業30年で5000億を突破というのはなかなかないと思いますよ利益で。まだ29年ですけども。

 

我々よりも大きい会社はみんなもう50年100年200年という会社ですね。
トップ15社の中では一番若い。一番若い。もちろん伸び率も一番大きい。

そういうことで、なんとか、波乱万丈でしたよ。10代の勝負、20代の勝負、30代の勝負、40代、人生5回のむちゃな勝負をしてきた。波乱万丈でしたけど、なんとかここまできた。

そして昨日ですね、さらにまたコミットした。

ソフトバンクの携帯を皆さんも使ってる人多いかもしれませんが、時々圏外になる。

 

どのくらい圏外かというと、仮に自宅の数字でいいますと、98%の自宅は電波つながる。
2%のお客様は自宅で電波つながらない。

これは我々の調査です。

ドコモさんとかAUさんは、だいたい99%です。
99%対98%、我々のほうがちょっと負けてる。

それでまあiPhoneとかね、アクオスケータイとかホワイトプランとかいろんなことで、1%の差であればソフトバンクやってみるかというお客さんがいるのは事実ですけれども。

いままではそれでいいと思ってたんです。経営的に。
ボーダフォンジャパンを買収したときから、電波の基地局の数は倍増させたんです。

ボーダフォンジャパンを買ったときは、全然ダメだったと思います。
でもそこから倍増させたんです。
まあいいか、と思ったんです。

しかし、この3ヶ月間、ツイッターをはじめた。

ツイッターをやっていると、生の声が、お客さんの生の声が、毎日バンバン来る。
いろんなことを、いいこともたまには言うけども、それよりなにより、電波つながらないよボケーッ! 何とかしろー!
こういう声がいっぱい書かれる。

胸がグサーッ! と来るわけですね。
iPhoneすばらしい。ソフトバンクのホワイトプランもまあいい。でも電波つながらなきゃしょうがないだろう。

と言われると、あーッと胸が。
なんかこうちょっと激しそうなことをたまに言ったり、いさましいことを言ってNTTと戦ったり、でもつながらないぞーと僕も心が痛む。グサーッ! と。

そしたらなんとかせにゃいかんと。

銀行さんからいっぱいお金を借りている。二兆円も借りてる。
返すほうに優先しなきゃいけないということで、経営的にはそっちを優先してたんですが、でもなんのためにソフトバンクの事業を興したんだ。何のための人生だ。そういうことをもう一度、ツイッターの皆さんの声で、目覚めさせられました。

ガーンとハンマーで頭をぶち殴られた気分です。
電波つながらなきゃしょうがないだろうと言われて、ものすごく反省しました。

こりゃいかん。ちょっと心が濁っとった。二兆円借金してる、早く返さなきゃいけない。そのことにばっかり頭がいってて、肝心要の、何のために事を興したか、この事を成す、なんのための人生だ。思ったらですね、やっぱり「電波つながらないとしゃあないだろう」と言われたら、こりゃもう言い訳できない。

いうことで、昨日、ソフトバンク電波改善宣言、ということであります。

 

もう一度腹をくくって、もう一度自分を十字架にしばりつけて、借金も予定通りのペースで返す。
設置の約束もやぶらない。
それを満たしながらなおかつ、電波をもうちょっとつながるようにする。
100%というのはありえない。
ここがつながらない、あそこがつながらない、というのは永遠の課題だ。
だけどせめてできることは、ワシらに出来ることは何や? 基地局を倍にする。ということであります。

 

電波がつながるように電波を発信する。

携帯電話って皆さんポケットに持ってると、無線でつながってる。

電話同士が直接つながってるわけじゃないんです。
皆さんが持ってる携帯電話は、自分の友達の携帯電話に電波が直接行ってるんじゃないんです。

皆さんが発信すると、必ずですね、電波の基地局に行くんです。そして電波の基地局から交換機に来て、そこから折り返して、皆さんの友達とか家族がいるところの基地局に中継して、その基地局から皆さんの友達につながる。

携帯電話から携帯電話に直接つながってるんじゃなくて、携帯電話で発信したら必ず自分がいるところの最寄の基地局に行くんです。
そこから交換機からバックボーンでつながって、交換機のバックボーン網から、もう一回友達のいるところの近くの基地局につながって、そこから友達の端末につながるんです。

 

基地局を増やさないといけないわけですね。基地局。
これを、倍増させる。いうことであります。

3年間かけて、3年半かけて、ボーダフォンジャパン時代の基地局、倍にさせました。

この倍にしたヤツを、さらにもう一回倍にする。いうことであります。

 

倍増作戦。ボーダフォンジャパンを買ったときから比べたら倍増させたんですけども、もう一回、そこから倍増させるということを昨日宣言しました。

社内では経営会議や役員会議で、喧々諤々でしたよ。

 

社長ーッ! 無謀だーッ!!
そんなに金ありませんー!
そんなに短期間に工事できません!

いろんなことを言われた。

うるさいーッ! 黙れーッ!!
わしゃ行くぞーッ!
もうわしゃ命を賭けると約束したと、ツイッターで書いちゃったぞ。

命かける覚悟で言っちゃったよ俺は。

お前らは、あーあの人はいい人ですか。そういうつもりかと。

わしゃ命賭けると約束した。これ破るわけにはいかん。
もちろん100パーを約束したわけじゃない。
あいつ命賭けると言うとったなら俺もここで便所でつながらんぞ。
だからあいつ命賭ける言うとったから命よこせ!
それもちょっと困る。

100パーを約束しているわけではない。
少なくとも電波を著しく改善させます。
そこだけは約束した。

 

著しく改善させるってどういうこっちゃ?
分かりやすく言えば、数で言うならば、今我々が持ってる3年半かけて作った基地局を、倍にする。

98%既につながってるんですよ。98%つながってるものを、99%にするために、あと1%ちょっと伸ばすために、倍にする。
というのは経営効率はむちゃくちゃらしいわけです。

 

経営的には。
普通、計算をする経営者の立場からすると。1軒の家をつなぐのに、300万円くらいかかったりするわけです。下手すると。

山の中のちっちゃな村とかね。

 

で、たった一人か二人のお客さんを追加で取るために300万かけて、そこに基地局作って、あるいは500万円かけて基地局作ってですね、その3人の家族が一生かけて払ってくれる携帯電話代ってそんなにならないわけです。

もういまホワイトプランでだいぶ安くなってる。

 

計算だけで言えば、98%行ってるものをさらに倍にするというのは無謀な決意ですよ。

だけど、計算したらいかんと。

腹をくくって、著しく改善させるったら著しくするんだ! 言い訳なしだ!
100パーにはならんけど、せめてこちらの誠意を示そう。

 

電波の周波数を不利なヤツしかもらってないとか、そういう言い訳言っちゃいかん。
一切そういう言い訳を言うなと。

やるんだと。著しく我々にできることを精一杯やろうよ。

ですから、ネットワーク改善宣言の第一弾。
基地局倍増!

 

第二弾。
それでもつながらないご自宅が1%くらい出る。
それでもつながらないお客様の自宅に、自宅用の小型基地局、フェムトって言うんです。これをタダで提供する。

 

最後の1%のお客さんに、自宅専用の小型基地局を無償で提供します。
これはブロードバンドにつながってますからブロードバンド回線もいる。
じゃそのブロードバンド回線もタダで提供する。
もう言い訳なしや!

このフェムト専用の回線ですね。
ですから必ずつながる。
ということであります。

さらに。
店でつながらないぞ!
俺の会社でつながらない!
というお客さんがいます。

 

じゃあもうこの際だ!店も会社もタダだ!
いうことでこれもタダで提供する。
これも回線もタダで提供する。

さらに、もっと速く繋ぎたい。速度を。というお客さんに。
Wi-Fi(ワイファイ)のルータ。これを店と会社に提供する。
タダで配る。

 

もうこの際、やるったらやる!
ということであります。

それでも100パーにはならないでしょう。
100パーにはならない。
100パーにはならないけど、せめて我々が示せる誠意を示そう。

我々の腹の底からの想いを、提供しようじゃないか。

 

この4つの点を、電波改善宣言ということで、昨日宣言したわけです。

まさに我々がブロードバンドに参入するときに行った決意と同じ意味での決意であります。

この4つの改善宣言、基地倍増、自宅、店、そしてWi-Fi。

 

じゃあここまでは、そういうことで、ここまでは我々ソフトバンクの歩みでした。
我々の志であります。

こっからさらに、皆さん若いですからね、こっからさらに我々ソフトバンクが何を目指すのか。
2つの方向性。

 

モバイルインターネットの世界ナンバーワンの会社になりたい。
そしてアジアインターネットのナンバーワンになりたい。

この2つであります。

そもそも、インターネット革命とはなんぞや。

 

産業革命とは、農耕社会から、工業社会へ。
第一次産業革命というのは、軽工業。イギリス中心にですね、軽工業。

第二次産業革命は、重工業。これはアメリカを中心に。

今は、その第二次産業革命の末期です。
日本が最近輝きを失っているのは、この第二次産業革命の後期・末期で、日本の存在意義が揺らいでいる。

アメリカを中心として日本が後追いして、産業革命・工業革命という意味では、より賃金の安い、より材料が安い、中国・インドに全部移っていく。だから日本の競争力がなくなった。

 

組み立て産業、ものづくり産業で、日本がもう一度競争力を取り戻すのは、ほぼない。
私は断言します。

皆さんまだ20代なったばっかりですよね。
皆さんにとって、これから50年人生がある。
これから50年の人生で、皆さんにとってですよ、日本にとって、これから50年の人生で、賭けてもいい。
日本のものづくりの工業生産国家として、競争力を取り戻して、世界の一位二位を争うような、競争力を取り戻すという時代がもう一度来るか。輝かしい日本のエレクトロニクス産業、ものづくり産業、自動車産業、そういうことで日本がもう一度輝ける時代が来るか。

私に言わせれば、ありえない。
断言します。

 

一部ではありますよ。一部の会社。一部のセグメントではある。でも大きな山で見ると、大きなものさしで見れば、賃金の安い中国、インド。国内の市場のボリュームが大きい彼らに、どうやって競争できるんだ。

少なくとも今のままの日本の延長線ではない。
なんか大きな革命がおきれば話は別です。
今のままではおそらくないだろう。

私は少なくともそう思う。

 

日本が唯一復活できる可能性があるもの。何か?
それは筋肉じゃないんです。人口の数じゃないんです。頭で勝負するところなんです。

頭で勝負するところ。

 

人間の数ではかなわないわけですよ。
筋肉でもかなわない。
賃金でもかなわない。
頭で勝負する。
ここなら唯一日本の、最後のチャンスがある。

ITの第一次革命は、アメリカでした。
でも産業革命の第一次革命がイギリスで、第二次革命はアメリカに移った。

IT革命では第一次IT革命はアメリカですけども、第二次革命として、アジアが中心のIT革命になりえる。

PC中心からモバイル中心に。
ということでもう一度スタートラインに並びます。というチャンスがある。

この2つの面でチャンスである。

 

アジアを制するものが世界を制す。
モバイルを制するものがインターネットを制する。

こういう、もう一回だけ、最後のスタートラインの仕切りなおし。
だから私はモバイルインターネットということを言ってるわけです。

 

モバイルインターネットナンバーワンを目指そう。
我々のグループはですね。

なぜモバイルインターネットか。

続きはこちら
孫正義、【志】を語る。「孫正義 LIVE 2011」書き起こし(その3)

 

 

 

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