不良のアイドルだった矢沢永吉。生活保護受けていた。

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※一番下に書き足し。

 

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矢沢永吉のビデオをテレビで見ました。1980年頃、矢沢29歳の時。らしい。気持ち悪い。ファンが。

 

 

60代でも第一線でコンサートやCMにも引っ張りだこ。硬派のかっこいいちょいワルオヤジ。日本一の。が、オレは矢沢なんかまったく無視してた。いかにも不良だし、オレは銀行一家のマジメな学生・サラリーマンだった。から。昔から不良は嫌いだった。というか完全無視。このビデオ見ると、ファンが気持ち悪い。不良そのもの。やっぱりねという感じ。

 

※追記・これ書いた後で気づいた。矢沢とキャロルは、日本初のヤンキー不良向けミュージシャンだった!市場はいつの時代もあったのに。アイドルやフォークやそんなんしかなかった。この頃は暴走族も多かった。ストレス発散用のミュージシャンだったのだ。素晴らしい、ライバルがいないブルーオーシャンの客層戦略。ラーメン一風堂は日本初の女性向け。の河原社長も元ヤンキー(空き巣・窃盗100回とアエラで公言)。そう。ヤンキー系はエリートや普通の人にない、無謀な行動力がある。そこが強みの一つ。

 

ところが今から3年前か。YouTube見てると矢沢が。ap bankとかいうミスチルの野外コンサートに。いきなり最初からなんかイイ。かっこいい。歌もメロディもパフォーマンスもいい。サンバディーズナイト!とかいう歌で、途中でマイクターンをやった。あのシーンに一発で惚れた。憧れた。以来・・・・・たまにYouTube見る聴くだけだが、当時の矢沢は59歳だったが(今は65)、普通、こういう芸能界、特に若者向けのロック歌手とかポップスやなんかはせいぜい30代までで、その後は廃れる。他には、サザン桑田や中島みゆき、小田和正、ユーミン程度か。あー、チャゲアスもいたが・・・。ユーミンもさっぱりヒットが出ない。小田和正も。吉田拓郎も一時期は復活したが、ガンになって引っ込んだか。まあ、普通のビジネスマンも60歳で引退だし、スポーツマンは20代で終わるのがほとんど。栄枯盛衰。諸行無常。

 

で、矢沢が成功した理由はいろいろある。この時代にデビューした人に多いのは、ビートルズの影響ですね。サザンもRCサクセションもチューリップも。憧れてオレも!と歌やバンドを始める。高校を出て、広島から夜汽車に乗って横浜で下車。約4年ほど目が出ず、レストランやちり紙交換やアイスクリーム屋のバイトを続ける。この頃に最初の結婚をしてるが、家賃滞納3ヶ月。そして若者向けのテレビ番組で・・・

 

以下は著書「成り上がり」からあらすじを抜粋。

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とにかく、チャンスがあれば、人の目に触れればビッグになれるはずだ。そう思ってやってきた。そうこうしてて、テレビの話がついに持ち上がった。出演依頼じゃないよ。そんなのとんでもないって感じ。ロキシーファッションというのがはやり始めて、「リブヤング」って番組でその特集をやるってんだ。革ジャンで髪をリーゼントの若者募集。そういう構想はあった。「へー!」って思った。だけ。

 

ところが、当時のバンド「キャロル」のジョニー大倉がハガキで応募した。出演者募集に。が、あえなく落選。ファッション募集なのにバンドじゃダメだと。まあ、当たり前ですね。趣旨がちがうんだから。が、ここからがスゴいね。応募すること自体も素晴らしい行動だけど。落選して矢沢は電話。「俺達、横浜じゃちょいと有名なんだけど、知らないの?」って。そして、バンドのデモテープを送る。いや、四谷で降りてテレビ局まで持ってった。ディレクターへ手渡した。が、ダメ。さらにもう一回、さらにもう一回のアタックで番組出演OKが。ハガキの応募からすると4回目。

 

決まったけどポマードしかない。革ジャンもブーツもない。金もない。妻の結婚指輪を質屋に入れて用意。で、「爆発する時が来た。乗りまくった。ウェン・アイ・ワズ・リトルボーイをガンガン歌った。その頃の俺達の気持ちは、何でオレのような素晴らしいアーティストを世の中は見抜けないんだと、そういう不満があったからね。過剰なくらい自信があった」。番組終わってスグ、ロック歌手でプロデューサーも兼ねる、内田裕也とミッキーカーチスから電話があった。デビューさせたいと。

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スゴいですね。営業活動が。普通は待つだけですね。夢や希望があっても、思うだけで行動しない人が大半。芸能界でもスポーツでも普通の仕事や生活でも。じっとしてるだけでは何も起きませんね。まあ、スゴい美男美女は町でスカウトされたり、スポーツ選手は試合で結果を出せば声が掛かる。明らかに抜きん出た人は。が、世間の大半を占める凡人は、自分の存在を示す営業活動が必須ですね。PR・宣伝も含め、まさに矢沢の言うように「人の目に触れればビッグになれるはず」。アナログとネットの営業活動。

 

さらに生い立ちもから来る、成り上がりたいハングリーパワー。以下は朝日新聞の記事から。

 

悔しいのが原点だったね

なぜうちだけが違うのか。惨めな思いだった

 

僕が3歳の時に母は家を出てしまったし、小学校2年で父が亡くなった。だから僕はあちこちの親類に預けられ、そして祖母に引き取られて育ててもらった。貧しかったですね。生活保護を受けていたし、学校の給食費も、教科書代もすべて免除される。そういう特典が恥ずかしくて、悔しくて、何で僕だけがそうなのか、こんな屈辱的なことはないと思っていた。自分が親になったら、息子の給食費や教科書代は絶対払ってやると誓っていましたよ。道具が買えないからスポーツなども参加できなかったし、いつもおなかが減っているし。つまらない、つまらないと言うのが口癖だったけれど、それを聞くとおばあちゃんは「面白いところに行け」と言うだけ。でも涙ぐんでいることもあった。

 

それでも僕がぐれなかったのは、音楽に出会ったからです。ベンチャーズがすごい人気で、エレキギターの音にまず夢中になった。もちろん買えないから、友達のを触らせてもらうだけ。ビートルズを知ったのもその頃で、自分で作曲のようなことを始めたんです。楽曲の本を買って、発声練習なんかも一人で始めてプロになる気持ちが固まっていった。

 

人がなんと言おうと自分の夢は必ず叶(かな)うと思っていたのは、不思議だね。それだけ今の境遇から這(は)い上がりたいと思っていたし、とことん音楽に夢中になる自分を信じられたんだと思う。曲をずいぶん書きため、後にヒットする「アイ・ラブ・ユー、OK」も18歳の時にはできていた。音楽でスターになる、その思いの強さだけで広島を出てきたけれど、いい曲を作って、何でもやってやるという覚悟だけは大したものだった。

 

進みたい方向は自分で決めないと苦しい

 

どんなに苦しい境遇でもビートルズがいた。それには心から感謝している。もうドッカーンというエネルギーで、僕を音楽の世界へ引っ張ってくれた。それがなかったら僕の人生はどうなっていたか見当もつかない。

 

矢沢はね、音楽を作るという、手に職を持つことができたから、今が幸せなんです。それを自分の手だけでつかんできたことが、プライドでもある。だから若い人にも、人生を貫く仕事にたどり着いて欲しいと思う。食うには困らないように、何とか生きていくのが君の人生か。でも、自分の方向が見えなくなると暗闇に入ってしまう。暗い明日を想像するくらい苦しいことはないんだけどね。

 

親や学校、そしてマスコミも好きなこと言ってる。低成長時代に突入したから、すべて安全に選ばなくちゃいけないなんてね。いい子になってその助言だけを聞いていたら、迷路に入る。自分の人生を照らす明かりは、自分の心の中に灯(とも)しておかなくてはいけないもので、他人に吹き消されてはだめです。

 

僕は、成り上がるという言葉を大切に思っている。自分の手で階段を上っていくわけで、本当はこんなにワクワクすることはない。うちは裕福だからとうそぶいている人だって、そのご先祖の誰かが成り上がったんです。成り上がりの反対は、ぶら下がりだ。やっぱりそれじゃつまらないよね。(談)

 

 

やざわ・えいきち ●歌手・作曲家。1949年広島県生まれ。72年ロックンロールバンド「キャロル」のリーダーとしてデビュー。75年解散の後、ソロとして活動を始める。77年には日本人ロックアーティストとして初の武道館公演、78年は後楽園球場公演を果たした。81年ロサンゼルスで全編英語詞によるアルバム「YAZAWA」を世界発売。海外での活躍の場を広げる。クラシックとの融合など新しいジャンルも成功させた。2007年には前人未到の武道館100公演達成。また映画、CM出演など活動は多岐にわたる。著書に『成りあがり』(小学館)、『アー・ユー・ハッピー?』(日経BP社)がある。公式ホームページ http://www.eikichiyazawa.com

 

以下は「成り上がり」より。矢沢は3才の時に母が家出し、小2の時に父が病死。その後は生活保護のおばあさんの家や、親戚の家を転々とたらい回しにされて育った。おばあさんは優しくしてくれたが、親戚の家では邪魔者扱いされた。よくある話。

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最終の夜汽車で東京へ

夢と現実が半々の状態だった

広島がぐんぐん離れていく

 

親戚の家に一軒一軒別れを告げに行った。ひどいものだった。「何?」っていう感じ。「永吉ですけど」「何、おまえ?」「実は今晩、これから東京に行きますから・・・」「あ、そ、行くの。気いつけてな」でおしまいよ。この野郎と思うと同時に「オレはこれからとんでもない行動をする。お前ら見とけ!」「あと5年かかるか10年かかるかわかんねえけど、おまえら全員、土下座させてやる!」全員見返してやる!と言ったんだ。明るかった。よく晴れた昼間だった。涙がウワーッと流れた。そのままバスに乗って広島駅まで行ったよ。一歩間違ったら皆殺しって感じだったよ。

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で、普通は犯罪者の人生を歩んでもおかしくなかった矢沢永吉。親が破綻してると子供もヤバい。極悪犯罪者に多い。が、改めて矢沢の伝記を読んで気づいたポイントがある。

 

①おばあさんの愛情を受けて育った。

②高1の時、デール・カーネギーの「人を動かす」を10回読んだ

③新聞を隅から隅まで読んでいた。

④ロックミュージシャンで成功する!という夢があった。

⑤見返してやる!という強烈な反骨パワー

 

①愛。愛だよ愛。マズロー欲求5段階法則の通り、人はまず1生存+2安全欲求を求める=生きるために最低限の衣食住が必須。ないと死ぬもんね。だから、その衣食住のためなら犯罪もする。追い込まれたら。動物の世界では殺し合い。生きるために弱いモノを殺して食う。食物連鎖の連続殺人。人というか動植物殺人が天の摂理。が、原始時代は良かったが、知恵や知能が発達してきた近代の人間社会で犯罪犯すと生きていけない。衣食住を手に入れるにはお金が必須。衣食住=お金。よって、お金に対する欲が強いのも本能で自然。命の次に大事なお金。お金があれば衣食住が得られる。お金がないと衣食住が得られない=死ぬ。いずれにしろ、人間の欲求というか本能の最初は、食べること生きること。次に3所属と愛の欲求。サルの時代から集団行動。独りは寂しい。ツライ。孤独で死ぬ。学校でも会社でも社会でも友人関係でも家族でも、誰も知り合いがいない、天涯孤独、親兄弟がいない、というのはツライ。耐え難い。帰る家がない、親がいない、学校に行ってない=不登校、ニートはツライ。捨て子、学校に行ってない、仕事してない、友人知人がいない=所属する場がない=自分の居場所がない=生きてる意味が無い。さらに、居場所があっても、属する集団や組織があっても、その中で認められないとツライ。イジメ、無視。疎外感。よって4は認められたい。5は自己実現。矢沢のように、自分が好きなことをやりたい。夢を叶えたい。好き勝手やりたい。可能な限り自分自身になりたい。つまり、矢沢は1生存+2安全安心=生活保護だったがおばあちゃんに庇護され育てられ最低限の衣食住はあった。親戚の家をたらい回し=最低限の衣食住は受けた。3所属と愛=これもおばあちゃんの家+親戚という家庭に所属し、さらに不良でも学校にも所属し、不良仲間もいた。親戚の家は愛はなかったが、おばあちゃんは愛してくれた。このおばあちゃんの愛は大きい。生活保護状態でも。いや、生活保護=貧乏な衣食住は最低の欲求を満たすだけ。だから牛乳やパンも盗んだ。そのままだと犯罪者の道へ行っただろう。が、おばあちゃんが愛してくれた。お金もないのに、5万円のドラムセットも買ってくれている。高校時代に。この愛がないとグレたままだっただろう。

 

②「人を動かす」を10回読んで血肉にしてる。高1で。これはスゴい。高1の時、友人の知り合いにキャバレーを数店舗やってる社長に会い、気に入られ、「人を動かす」をプレゼントされ、10回も読んでいる。しかも、相当活かしているようだ。伝記に深い思い入れを書いてる。が、私も大学卒業前に読んだが、その後に読んだ他の本に比べても何か印象に残ったが、特に営業マン時代に、そういえば「人を動かす」に書いてあったなと思うなるほどの人間関係術が実例とともに多数有ったが、精読したのは1回程度。その後も何かのはずみで10数回は手に取り直したが、今もまた手にとったが、なんか当たり前すぎることの羅列で、ざっと流し読み程度。じゃあ身に付けてるか?まったく身についてない。まさに知ったかぶり。読んだだけで満足。矢沢はたぶん、頭がいい。勉強家。さらに、中学時代から番長でワルやってたから、「人を動かす」は日々役だったのだ。その後のバンド活動でも。

 

③これは自伝にも書いてるが、「なんでオレは月謝ってものを払わせてもらえないのか?」「なんでオレだけ新聞紙にくるんで遠足に行かなきゃいかないのか」「なんで参観日にお母さんお父さん来ないの?」・・。貧乏でお金がなかったから、新聞紙を読むしかなかったのだ。良かったね。オレの友達にも、母子家庭で新聞を読むのが生活習慣になってた永友という奴がいる。二流高校始まって以来、現役で京都大学へ行ったね。その後と現在は大手ゼネコンの東亜建設工業・九州支店長。これが新聞読むのが癖だった。いや、こいつは天才系だ。例外。が、矢沢も頭はいい。地頭いい。学歴は不良高卒だが、その後の経営者としてのYAZAWA見るとスゴい。

 

④これは自分で「成り上がり」にも書いてるが、大きいね。もちろん、歌手になるとかプロ野球とか抱く人は多いが、その大半は高校までに消えますね。その手の夢は。そして半分は大学進学へ。他に夢も目標も見えないから。医者になるとか決めてる一部の学歴エリート以外は。とりあえず進学する。か、半分は就職する。とりあえずは。一部はニート不登校不良へ。矢沢も、高校1ぐらいまでの夢は板金屋のオヤジになること。詳しくは?ですが、家が貧乏で不良で学歴関係なく稼げそう・・・たぶん、近所にいたんでしょう。矢沢がガキの頃、友達に金持ちの鉄工所の息子がいて、そいつがクリームたっぷりのケーキをちぎって顔に投げられ、でも怒鳴るどころかそのケーキを舐めたかった。今見てろと強く思った。とあるね。そういう時代だったんでしょう。現場のそういう工場も儲かってた時代。が、その数年後にその鉄工所は倒産し、オヤジは自殺し、その息子と母親は長屋に住むように。その10年後、そいつがみすぼらしく歩いてた。ざまあみろと思った。こっちはもうバイトして食えてたからと。ついでに裕福な同級生で京都大学へ行った奴がいる。絶対に負けない。25,30になった時、そいつよりもビッグで金持ちになる!そういうつもりでやってきた。キャロルで絶頂の頃、そいつが楽屋に来た。スグにあいつとわかったけど、「えっと、どちらさんでしたっけ?」と知らんぷり。適当に対応し、勝った。と思いきや、虚しい気持ちになったとも。で、書きたくないが、矢沢永吉は天才でしたね。メロディーメーカーとして。さらに、「芸能界で成功する秘訣。それは誰よりも目立ちたい!という気持ち」とも。ハングリーパワーですね。こういうのは勉強しても身につかない。運良く痛い目に遭う環境に育つかどうか。で、矢沢は歌手で成功する!という強烈な夢を持っていた。+実力もあった。普通はだらだら行く。夢も希望も見つからず、とりあえずの進学や就職の人生。まあ9割以上はそうでしょう。で、進学先で夢や目標を見つける・・・人も稀有ではないか。とりあえず就職する。夢があっても大企業とか上場会社に内定もらう。その後は・・・出世や転職や独立起業で成功する夢を追い求める人もいれば、淡々とこなす人も。悪い意味では、夢も希望もなく、死んだように生きていく人も。よく言う、通勤電車のサラリーマンには夢がない・・。とか。作家の沢木耕太郎は、上場会社に出社1日目に見切り、退社してフリーになり、学生時代のゼミ教授から取材のバイトを紹介してもらい、最初からその若き自衛隊員のルポが話題になり、あれよあれよと売れっ子ルポライターになり、本もベストセラーになり、仕事殺到で逃げ出すように世界放浪の旅へ。1年2ヶ月も。26才の時。普通はなかなかできませんね。社会人になって1年も旅をするとか。私もそんなの夢にも思いませんでした。憧れもなかったし。旅とかそんなのに。生きるのに必死でした。私の20代30代は悲惨で、というほどのあれではないっすが、就職転職に失敗しまくり。1社以外は自分の実力不足。ヤマハ発動機、リクルート人材センター、IBMリース、ミッド、最初の起業、出版社のバイト、・・ここまで東京と大阪。そして福岡の実家(母)が他人の借金1億円かぶりUターン。地元の広告代理店・アド通信社で営業マン、そして二度目の起業。のあと、本がヒットして印税1000万で勘違いして世界一周の旅へ。が、勘違いして調子に乗ってヤケクソになって行ってよかったです。47歳から1年間家族・子供も小学生2人と。不安はありました。帰国後はどうなるのかと。考えても仕方ない。なんとかなるさと。最悪は職安でバイトか派遣か。48歳でも福岡都市圏で2000件ぐらいヒットしたので、なんとか仕事はあるし生きていけるかと。これが最悪のシュミレーション。が、運良く帰国後、貯金も底をつき、なんか久々にハングリーパワー出ましたね。思いもよらず。お金がない、貧乏、追い込まれる、最低限の衣食住もヤバい、死ぬかもしれない。というのはいい。生存本能にスイッチはいるんですね。火事場の馬鹿力。窮鼠猫を噛む。ピンチはチャンス。とか。

 

⑤お前ら見とけ!見返してやる!土下座させてやる!

 

こういう仕返しというか怒りというか復讐心というか、パワーは出ますね。これも経営本とかにはない。自己啓発系や成功哲学系の本にもあまりない。一部、たまに、怒りのパワーを使え。ダークサイドの復讐心はいい。とかあります。ってか、今書きながら気づきましたが、映画や小説やドラマでは多いですね。定番の一つ。主人公は何かで痛い目に遭っている。貧乏や事故や病気か何か。家や学校や仕事での失敗。あーそうだ。1年前の大ヒットドラマ、「半沢直樹」がそうでしたね。10倍返し!100倍返し!あれは家業の工場が銀行の融資打ち切りで倒産。父親が自殺する。その第一発見者が小学生時代の半沢直樹。その復讐をするため、その都市銀行へ入社。当時の融資担当で役員へ・・・復讐しようと燃える。どういうカタチで復讐しようとしたんだっけ?まあいいや。スターウォーズも両親と親類を虐殺され、ルークは復讐の騎士になる。とか、多いっすね。そういうの。孫正義なんかも似たようなもの。最初の夢は学校の先生になることだったが、日本人国籍でないとなれない。在日差別で絶望してる。今に見てろと。いう言葉は孫さんは使いませんが、間違いなくあるでしょう。あなたの「今に見てろ!」は何ですか?私も確実にありました。特定人物が数人、そして自分の過去に。爆発的なロケットスタートにはいい。こういうマイナス事件は。うーん、そういう意味ではこの数年ない。復讐要因が。が、仏のようになりたい願望も昔からある。母との修羅場は、まさに修羅場だったので。まさに火曜サスペンスドラマ。実録。当事者。本当なら私は逮捕されている。先日も逮捕された。あれは父親が連れ子に「24時間以内に死んでくれ」で首吊って死んだ。そして自殺教唆で逮捕された。最低な父。が、一定の割合であーいう家庭はある。表に出ないが。毒親。私の親は毒親ではなかった。私も毒親ではないと思う。わからんが・・。が、毒親を持つ友人知人を知っている。私の回りで。が、家庭内とか人間関係の事件はなかなか表に出ない。言えない。書けない。自分だけの問題や恥や失敗なら言えるが、特に私のような自営業で自己暴露の作家系では普通だが、他人がらみのマイナス事件はなかなか書けない言えない。大企業や芸能人の場合はある意味で正当なバッシングやスキャンダルや事件がネタだが、中小企業や個人の場合、そのマイナス面はなかなか表に出ないし、ましてや自ら暴露はない。恥を晒すのは。自分完結のことならいい。が、家族を含め、他人も絡む不祥事や事件は表に出せないことが多い。自分は良くても相手に迷惑がかかるからだ。さらなる恨みを買い、火に油を注ぐことにもなる。相手がもういない場合はいい。死んでるとか。が、相手が生きてる場合は難しい。とかウダウダ・・・本のテーマが見つかりそうだ。この手のやつ。どうだろう。いやーダラダラ書いてきたが、これはいいかも。わからんが、チャレンジしてみるか。この矢沢永吉みたいな実録「お前ら見とけ!」事例集。マイナス要因をパワーにした有名人や起業家や一般人は山ほどいる。そうだよ。「逆転バカ社長」は福岡の中小企業経営者の事例集だった。学歴ない・家が貧乏・就職失敗・転職失敗・起業も失敗・・・それでも人生逆転したと。それをもっと広げよう。有名人なら自由に書ける。ある意味。了解もいらない。後で訴えられるかもだがw 本人や遺族から。いや、でも基本は本人をホメることだ。あーいう痛い目やマイナス要因があったから、「お前ら見てろ!」パワーが出て成功したと。今もこのブログで自然に書いてるじゃないか。天職の見つけ方で。さあ、もう家に帰るが、今日は仕事を家に持って帰ろう。パソコンを。か、ノートに書きまくるか。題材の人や会社を。前回は無名の中小企業。今回は有名人。どうかな。ま、とりあえずテーマと目次を書きまくろう。目次=まずは思い浮かぶ人だ。

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