親との確執と和解「フィールド・オブ・ドリームズ」

この記事は3分で読めます

 


あの時の映画日記-フィールドオブドリームス 
僕は36歳、家族持ちで野球好き。

その僕が農夫になる。あの’声’を聞くまで

型破りな事を何もしたことがない。

親父は年に負けた。

僕の年のころには・・・老人だった。

親父にも夢はあったろう・・・だが何もしなかった。

”声”を聞いたかもしれないのに・・・

耳を貸さなかった。

何一つ、冒険をしなかった。

僕はそうなるのが怖い。

そういう冒険が出来るのも

今が最後だ

僕の父はジョン・キンセラ

アイルランド名だ。

1896年 北ダコダ州で生まれ

大都会をみたのは

欧州から帰還した1918年。

シカゴに住み着き

ホワイト・ソックスファンに・・・

1919年のワールドシリーズ敗戦で泣き

翌年 8人の選手の八百長事件では号泣した!

父自身 12年マイナーでプレイを

35年 ブルックリンに越してママと結婚・・・

僕が52年に生まれた時には

もう 年だった。

 

僕の名は レイ・キンセラ

3歳でママが死に

親父がなんとか母親がわり。

おとぎ話の代わりに

シューレス・ジョー・ジャクソンの話を聞いた。

親父はヤンキース

僕はドジャース

ドジャースが越して

口論の種は野球を離れ

大学に進む時は

うちから一番遠い大学へ

親父は僕の狙いどおりに

苦い顔をした。

英語を専攻したが

時代は60年代。

反戦とマリワナ

シタールをつまびき

アニーを知った。

彼女は アイオワ出身

かすかに聞いたことのある州名だ

卒業後 僕らは彼女の家に転がり込んだ。

半日が限界だった。

僕らは74年に結婚し

その年 親父が死んだ。

やがてカリンが生まれた。

少し匂ったが かわいかった。

農場を買おうと言い出したのはアニーだ。

野球場を作りたい

頭がへんかな。

ええ

でも あなたが本気で

そうしたいと思うなら・・・

するべきよ。
あの時の映画日記-フィールド2

『フィールド・オブ・ドリームス』

1989年度作品。脚本・監督 フィル・アルデン・ロビンスン

主演 ケヴィン・コスナー

 

アイオワの牧場主(ケヴィン・コスナー)が

「それを作れば、彼らはやってくる」という天の声に従い

トウモロコシ畑をつぶして、ナイター設備付きの野球場を作ってしまう。

 

その野球場に1919年の八百長事件に巻き込まれた選手(幽霊)らが集まってくる。

シューレス・ジョーをはじめとする有名選手もやってくるが、

周囲の人間には、それが見えない。

ただ、純粋な心を持つ主人公や、その家族には見えるのである。

 

シューレス・ジョーの熱烈なファンだった父親も現われて、

亡き父とキャッチボールをするラストシーンは、心に残ります。

 

愛する肉親との気持ちを、こんな形で見せてくれたこの映画。

感謝、感謝です。

以上の抜粋もとは http://ameblo.jp/hal-9000hn/entry-10315100719.html

実は心理カウンセリングの名作「フィールド・オブ・ドリームズ」。親子の確執と和解を描いた映画とは、最初に見て20年後に気づいた。ケビン・コスナー演じる主人公36歳は田舎でとうもろこし畑を営む平凡な自営業。それなりに幸せかもしれないが退屈な日々。ある日「それを作れば彼が来る。痛みを癒やせ」と天の声が聴こえる。まさかと思いながら、畑を潰して野球場を作る。なぜそんな無謀なことを。彼の父は同じ30代で夢も希望も失い、老人のように生きていた。そんな父親に反発して17歳で家を出て、死ぬまで逢うことはなかった。あの父親の二の舞いはしたくない。夢にチャレンジしないままの人生は嫌だ。と、野球場を作った。すると、昔、八百長疑惑で球界を追い出された往年の名選手が次々に夢の球場に現れ、感謝していく。実は父もプロ野球選手だったが、マイナーだけでスグに引退。諦めた人生を送っていたが、野球のことはよく話してた。それを聞いてたからこんなゴーストが現われたのか。なんか知らんが、おれは夢を果たした。と思っていたら、最後に現われたのは・・まさかの・・Oとキャッチボール。和解したかった。それは亡き父の願いでもあった。

■映画ダイジェスト http://goo.gl/jnE4wz

  • このエントリーをはてなブックマークに追加
  • LINEで送る

関連記事

  1. 2016 08.03

  1. この記事へのコメントはありません。

  1. この記事へのトラックバックはありません。

著書

おすすめカテゴリー記事