自殺未遂

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◆甦る悪夢 ③

 

5月の連休を悶々とした気持ちで過ごし、6月になる頃には朦朧とした日々が続いた。業務は何とかこなしている。しかし、影では隠した未処理案件がある。新人教育も行き詰まっている。一方で結婚式は1カ月後と目の前に迫る。披露宴の招待状もすでに出した。

今は人生で一番カッコつけねばならぬ時期なのだ。

 

が、ある日、私は会社を休んだ。体調が悪いと。あのヤマハ発動機時代の悪夢が蘇った。出社拒否。私は仕事から逃げた。うまく行かない。通常業務がこなせない、部下を指導できない。つまり、私はダメ社員ですと証明したようなもの。1カ月後には社内結婚する予定なのに。そのプレッシャーは文字通り私を潰した。

 

出社拒否を繰り返して悩んだ末、生まれて初めて精神科の門を叩いた。精神科に行くこと自体がサラリーマン失格と思ったが、もはや藁にすがるしかない。結果は「うつ病」。やる気がない、落ち込んでいる・・・。

 

が、それは仕事ができないから。出世競争に敗れたから。一番大事な結婚式前に恥ずかしい事態になったから。原因ははっきりしていた。

数日休んだ後、なんとか這うように会社へ行った。その週末、社内ゴルフコンペがあり、3人のパーティと廻った。病気明けで体に余分な力が抜けたからか、ドライバーがジャストミート。得意げに、同じパーティだった白石常務の顔を見た。

 

ところが、その顔は私のナイスショットには感心もなく、明らかに軽蔑の表情。

 

「お前は仕事に行き詰まっているらしいな。

うつ病だって?社員失格じゃないの?ああ?」

 

という声が聞こえるような顔。

 

愕然とした。打ちのめされた。同時に、終わったとも思った。

 

もうダメ社員だとばれてしまった。もうダメだ。心の中の最後の緊張の糸が切れる音がした。精神的に弱っている人間を殺すには、無視する、軽蔑する表情だけで良いのだ。

それから数週間のことはよく覚えていない。またも出社拒否。もう会社は辞めるしかない。同時に社内恋愛の結婚もお終いだ。会社に辞表を出し、式場に破談を伝えに行き、披露宴の案内状を出していた友人知人に電話をした。

 

挙式直前の破談。最低。恥ずかしい。

 

電話を受けた友人も、破談になったと伝えた瞬間、理由も聞かずに「まあ、よくあることだから」と慰めてくれたが、気まずいのか早々に電話を切られる。

 

もうすべてはお終いだ。人生で最も大事な、仕事、女・家庭、そして友人知人・親類縁者の信頼も一気に失った。仕事と私生活すべてを失う大失態。まさに自滅だった。

 

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●自殺未遂

 

本来なら、会社の上司・同僚・先輩・後輩、取引先、友人知人、親兄弟や親族一同・・・・自分の今までの人生で一番大事な人たちに、一番かっこよく見せ、人生最高の時を迎えるはずだったのに、まさに天国から地獄への転落。婚約者はもちろん、周囲にも多大な迷惑をかけた。全部、自分の責任。最低最悪。こんなに惨めで恥ずかしいことはない。

 

絶望

 

まさに望みは絶えた。俺はもう生きる価値はない。死ぬしかない。マイナス発想100%。友人知人のすべては去り、声をかけてくれる人もなく、助けてくれる人もなく、自分でも何をどうしたらいいか全くわからない。相談する相手も頼る人もいない。逆の立場で考えれば、こんなサイテーなヤツとは関わりたくないはず。当たり前だ。

 

こんな人間は生きる価値はない。すべては終わった。

 

朦朧とした意識で、私は夢遊病者のように外へ出た。自宅だった大阪府茨木市千里丘のアパート近くにJR京都線があり、鉄道自殺を考えた。が、踏切で事後の損害賠償で家族に迷惑がかかるらしいと気づき、かつ、バラバラ切断は痛そうだと引き返す。ガス自殺は痛みはなさそうだったが、爆発したら周囲に迷惑がかかるし恐い。栓をひねってスグ閉じた。次は睡眠薬自殺を考えた。これが一番安らかに死ねそうだったが、実際に薬局に行くと「すみません。睡眠薬を下さい」となかなか口に出せない。結局、リポビタンDを買って帰ってきた。ビルの飛び降り自殺も考えたが、いざとなると足がすくんで怖い。車にひかれるのはどうだ。刑事ドラマなんかで、追われた犯人が道路に飛び出して車にぶつかり、宙に飛ばされて息絶えるシーンがある。あれなら即死でいいかも。これも実際に大通りに出て、歩道から車道に「さあ、行くぞ!」と何度か飛び出そうとしたが、かけ声だけで足が動かない。やはり死ぬのは怖い。死にたくない。そう考える余裕はあったようで、自殺は諦めた。

 

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すべてが白紙になった最後の出社日、会社を出るシーンはよく覚えている。机を整理して持ち物をカバンに入れ、ばつの悪さと恥ずかしさで頬が震えた。それを誤魔化そうと薄ら笑いを浮かべながら、頭だけを中途半端に四方へ下げ、逃げるように出口へ向かう。

 

皆が仕事をしながら、横目で私を見ているのがわかる。

 

「あーあ、栢野さんは結婚式1カ月前に会社を辞めるなんて。仕事も結婚も滅茶苦茶ね。何とも無惨」

 

本来はキチンと退社挨拶をするものだろうが、とてもそんな余裕はない。送別会もない。会社側も腫れ物に触るような感じで、何も言わなかった。社内の元婚約者は皆と同じく、私が出ていくのに気づかないように仕事をしている、ふりをしている。無理に笑顔を浮かべ、健気な姿が痛ましい。本来なら、今頃はホテルで挙式と披露宴をしていたはず。女性にとって、結婚式は一生のうちで最高の思い出になるのに、俺がすべてを滅茶苦茶にしてしまった。

 

俺は人類史上最低の男。最悪最低な人間だ。本当に申し訳ない。

 

しかし、私は一刻も早く、この場を去りたかった。

 

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